ガラスの仮面SS【梅静032】 第2章 縮まらない距離 (12) 1984年冬

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「桜小路、お前、結構飲めるんだろ?時間早いけれど、どうだ?一杯ひっかけていかないか?明日からはまた緊張の日々になるだろうしな。」

「黒沼さん。ははは。黒沼さんほどは飲めませんけれど、僕も飲みますよ。行きましょう。」

「よし、じゃあ、新橋でいいな。新橋だ。」

二人はタクシーに同乗した。

「新橋だから、ちょっと手前で降りて、シアターXでも見に行くか。」

「そうですね。あの記者会見以来ですからね。あれからあっという間に時間がたちましたね。そして、今日、オーシャン・シアターで会見でしたから、ちょうど、気持ちを切り替えるためにも一緒に見に行きましょう。」

新橋の手前でタクシーから降りて、二人はシアターXまで歩いた。

「すっかり片付けられてるな。何もなかったかのように。あの会見の時より、片付いているのは皮肉なもんだな。」

「はい。あの…。」

「なんだ?よし、俺の行きつけの店があるから、そこまでまず行こうや。」

「はい。いや、僕、一度、一人でここに来たんです。まだ片付けされる前でした。」

「ほう。お前、来たのか?」

「はい。なにか、こう、一真がつかめそうでつかめないし、マヤちゃん、いや、阿古夜の心が僕の一真にない状態で一か月も会えないのか、と思ったら…。」

「おお、そうか。ここだ、この店だ。入るぞ。入ってから続きを話そう。」

黒沼が入ったのは会員制とだけ看板が出ているバーであった。こんなしゃれたところに黒沼が行くなんて意外だった。

「お前はすぐに顔にでるな。北島と同じだ。意外だろ。こんなこじゃれた感じ。ここ、俺の弟がやってるんだ。有名だぞ。名物マスターなんだよ。弟が。」

入ってみると、ぎっしりとボトルが並び、カウンターの横には小さな看板が置かれていた。スプリームと書いてある。カウンターの中にいる男性が桜小路に軽く会釈をし、ぶっきらぼうに、

「いらっしゃいませ。なんだ、こんな若くていい男を連れてこれるなら、いつも連れて来なさいよ。」

と黒沼に向かって言った。黒沼はふっと鼻であしらって、桜小路に向かって言った。

「スプリームは最高って意味で俺が名づけの親さ。たまには気取るのも良いだろ?お前、何飲む?」

「あ、僕は、よくわからないので。」

「じゃあ、ジントニックを二つ。頼むよ。」

とオーダーをして、桜小路に向き合った。

「それで、行ってみたんだろ、そこから?」

「はい。なぜだかわかりませんが、思わず。きっともどかしくて、なにか自分にはっぱをかけたかったのではないかと思います。そこで、あの、ふらふらしていたら、赤目さんに会ったんです。」

始めの一口をぐいっと飲んで黒沼が言った。

「赤目ってあの赤目慶か?」

「はい。車で通りがかって、僕を見かけたのか、わざわざ止まってくれて。なぜかすすめられるまま、車に乗ってしまいました。僕も思わず、その時の気持ちを話してしまいました。そうしたら、そこで、意味深なことを…。」

「なんか変なこと言われたのか?」

「いえ。いたって紳士的でした。さすが大御所の俳優はちがうな、ということを素直に思いました。黒沼さん、赤目さんは今までかかわりあったのですか?」

「あったわよぉ。赤目慶でしょう?けいちゃんね。かかわりあったなんてもんじゃないわよぉ。龍三さんとけいちゃんは、あれよ、大学の同級生よ。よくうちにも来たわよ。」

とカウンターの中のマスターが黒沼にかわってオネエ言葉で答えた。

「お前、何余計なこと言ってるんだよ。っとに、お前はおしゃべりだよな。うるせーよ。」

と黒沼が照れ隠し笑いで言った。

「そうなんだよ。あいつは大学の同級生だ。まっとうに役者になった赤目と俺、ずい分、差はついたけれどな。それで、あいつはなんて?」

「ああ、そうでしたか。だからなのですね。やたら、黒沼さんが、ボヤの犯人を気づいたか、心当たりはあるのか尋ねられました。それで、黒沼さんが怒っていたと伝えたら、黒沼さんらしいな、って言ってました。」

「ふん。まあ、付き合いも長いからわかるだろうな。それで?」

「はい。そこで、気になることを言われました。今日の山岸理事長のお話しと同じように、ボヤは放火で、犯人がいる、と。まるで、赤目さんは犯人を知っているかのような口ぶりでした。そこを聞いたら、なんか、気分も悪くなってきて、大崎のあたりで下してもらいました。」

「そうか。あいつがそう言うと言うことは…。」

「身の安全も含めて注意が必要だ、とも言ってました。一体、誰が放火したのか。」

「気になるな。でも、気にしても仕方ないな。赤目の言うとおりだ。身の安全も含めて、試演まで過ごしていくほかないな。それは北島も同じだな。」

「はい。勝つにしても正々堂々と勝ちたいと話していらっしゃいました。」

「ふん。あいつらしいな。腹の中では、目的達成のためならどんな汚い手でも使うのに、表では、きれいごと言うんだよ。あいつらしい。」

と言って、グラスを飲み干した。

「もう一杯くれ。」

「赤目は小野寺とも通じている。いや、お互い利用しあっているのか。知らんけどな。ただ、赤目と小野寺が全く同じ考えならば、赤目はそんなことをお前には言わないはずだ。俺たちの演劇には関係ないが、赤目と小野寺、あれは実はあまり足並みそろっていないな。これは、俺たちにとってチャンスだぞ。どうしても主演女優のみが注目されているけれど、それだけじゃない。俺は北島のためだけに紅天女を演出しているのではない。俺たちが創り出す紅天女を演出しているんだ。ふむ。」

「主役はマヤちゃんですが、確かに、僕たちの紅天女ですよね。」

「そうだ。おい、桜小路。お前もいろいろ考えるところはあるだろうけれど、これから試演まで、紅天女の一真になることだけを考えろ。お前は北島に恋愛感情があるようだが、北島ではなく、阿古夜に恋しろ。阿古夜を愛せ。燃え尽きるくらいの勢いで恋愛しろ。いいな。そこに俺たちの突破口があるはずだ。」

「うーん。ただ、マヤちゃんは…。マヤちゃんの心は…。」

「言わなくていい。俺ですら気づいている。このひと月でもまた変って帰ってきた。でも、北島を信じろ。阿古夜になっている北島を信じろ。それが一真であるお前のやることだろう?」

「…はい。はい。そうですね。僕ももう一杯いただいていいですか?」

「はぁい。いいわよ~。あなたハンサムだから、わたしが一杯ごちそうするわ。あとは龍三さんが払うからいいのよ。まあ龍三さんはツケばっかりで払ってくれないけれどねぇ。ははは。」

「それにしてもこのハンサムさん。あなた、いらぬことで悩みすぎよ。その雰囲気が出てる。守護霊さまはあなたがもっと自由に好き勝手に生きることを願っているわよ。」

「は?守護霊さま?」

「おい、やめろ。こいつ、何か視えるやらで、ちょっと知られてるんだよ。だからここもこんな適当な商売でも繁盛してるんだ。でも、桜小路、お前、それは、当たってるな。オカルトだろうけれど、たまにはいいこと言うんだ。桜小路、お前、思う存分やってみろ。お前の一真を北島の阿古夜にぶつけろ。あとの演出は任せろ。いいな。」

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