ガラスの仮面SS【梅静068】 第4章 運命の輪(10) 1984年春

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横浜 万福軒にて…

「やっぱりマヤちゃん!きゃー!」

杉子が驚いた様子でマヤに声をかけた。あまりに大きな声だったので、マヤと麗はお辞儀をしながら、人差し指をそっと自分の口元にたてて、杉子に声を落とすように無言でお願いした。

「あっ、ごめんごめん。まさか、来てくれるなんて。座って、空いているところ。うれしい。今忙しいのでしょう?」

「はい。杉子さん、あ、おじさんも、おばさんも元気でお店にでていらっしゃるのですね。ご無沙汰しています。母のことではお世話になったのにお礼もしないまま時間が過ぎてしまって…。」

「おぅー。あのマヤちゃんかい?見違えちゃったなぁ。わざわざ来てくれたの?」

一人だけいた先客がすぐに店を出て行ったのを確認しておじさんが声をかけた。

「あ、はい。あのー。あたし、おじさんのらーめんと餃子食べたいです。らーめんは2つ、餃子は3人前お願いします。」

「あいよー。らーめん2、ギョーザ3、オーダーありがとうございますっ!」

マヤは杉子にお礼を言った。

「杉子さん、母のとき、ありがとうございます。わざわざ訪ねてくれて。本当にありがとうございます。今日は近くに来て、それで、懐かしくて、お礼も言いたくて、突然だけれど、寄らせてもらいました。近くで買ったものですけれど、これ、どうぞ。」

そう言って、先ほど買ったおみやげをマヤは差し出した。

「マヤちゃん、お母さん、本当に残念だったね…。春さんは文句も言わず、さぼらず働いていてくれたから。本当に感謝しかなかったのだけれどね…。無理させすぎたのかね。申し訳ないことしたと思ってるよ…。」

杉子の母親が奥から出てきてマヤの手を取って涙ぐみながら話した。麗はそれを見て、ふと、

「そこまで、マヤとこの万福軒は関係が深かったのかな?」

といぶかしげに思った。でもそのからくりはすぐに解けた。

「春さんにはあまりしてあげられなかったのに、なにか、マヤちゃんの応援している人が、ある日来てね。あ、代理人って言ってたかな。春さんにしてくれたからと、お礼をくれたんだよ。

それで、この店も、ほらずい分古かっただろう?それを建て替える手助けをしてくれて。建築費を割り引いてくれて、想像よりずっと安くていいものになったんだ。

売上と、今、2階は部屋を貸せるようになっていてね、それでローンも十分返済できるんだよ。土地は少し手放したけれど、今は、土地値上がり激しいからね。おかげでもう配達はやらないでも生活ができるくらいなんだ。ありがたい応援団がいるもんだね。マヤちゃんのおかげだよ。おっと、口ばっかり動かしてるわけじゃないぞ。おーい、餃子あがったぞー。」

杉子が「はーい」と返事をしてマヤのテーブルに配膳した。

「きれいになったらね、私もお店に興味がでてきてね。フフフ。自分でもすごい心境の変化だと思うけれど、料理も習い始めて、私が手伝うようになったの。」

「そうなのね、杉子さん。すごいわ。それに相変わらずおじさんの餃子、良い香りがして、焼き目もしっかりついて、皮がカリッとしてる。さっそくいただく。麗、早く食べよう!」

マヤは、紫のバラの人がここまで考えて支援していたのか、と驚いた。でも、おかげで、お世話になったお礼ができたことになるから、それはそれでありがたいのかもしれない、とも思った。

「また、紫のバラの人か…。冴子さんも知っていたのかもしれないな、ここが改築していることは。なるほどなぁ。」

と、麗はココロの中で思って、それは表情にも出さずにことさら元気な声で言った。

「私、マヤの友人です。前からずっと聞いていたのですよ、こちらのこと。マヤが自分はらーめんで育ったというから。フフフ。今日は時間が本当にないのに、近くまで来たので、突然おじゃましましたぁ。よかった。これがマヤを育てた味なのか~。いや~、餃子おいしい。」

「ありがとうね~。男前さん、あいよー、らーめんもおまたせ~」

とおじさんが屈託なく言い、また杉子が配膳した。

「本当に男前さんと一緒に来たのね。マヤちゃん。友人じゃなくて彼氏?」

「ふふふっ。ちがう。麗は女性ですよ。ふふふっ。」

「あら、それは失礼しましたぁ。

マヤちゃんがうちにいるときに、私いろいろ意地悪したでしょう?ごめんなさいね。今は、もう自慢のマヤちゃんだから…。これからも仲良くしてね。たとえば、撮影でウチの店、使ってもらったりね、そういうのも大歓迎よ、マヤちゃん!」

謝ってはみたものの、杉子の懲りていない様子を麗はあえてスルーして

「いやー、そういうのもいいですね。グルメ番組は今はやっていますからね。マヤはあまりそういうのはやらないでしょうけれど、撮影などあるならそれはそれにこしたことがないですものね。いいですね。」

としゃらっと答えた。それは、杉子の言葉が、本当はマヤにそれほど悪いことをしたとは思っていない様子があったので、杉子が腹にイチモツもってなにかを画策するタイプではないように見えたから、麗はあえて杉子の調子に合わせたのだった。

「ここの様子は帰ったら冴子さんに報告しなければ」と麗は思っていた。

餃子とらーめんをふたりはぺろっと平らげて、席を立った。おじさんが、調理場からでてきて、

「これ、邪魔になるかもしれないけど、よかったら持って行って。餃子。家で焼くだけになっているからね。保冷剤もいれてあるから、すぐに冷蔵庫にいれて。マヤちゃん、前に比べてとても美人になっているけれど、やせ過ぎじゃないかな。もりもり食べて、どんどんいいモノを見せて、活躍してよ。

俺さぁ、本当に、春さんには申し訳ないと思ってるし、それなのに、店をきれいにする手助けまでしてもらって。頭あがらないよ。マヤちゃん、活躍楽しみにしているよ。ここはわざわざ来なくていいからね。杉子はああ言ったけれど、こじんまりやっていれば十分に生活もできるから、特にいいんだ。あいつは本当にお調子者だよ。娘ながらもうお手上げだ。何かあってもマヤちゃんもあんまり取り合わなくていいからね。あの代理人の人もそれを願って、俺たちによくしてくれたんだと思うよ。『マヤちゃんをそっとしてあげておいてくれ』って言ってたからね。『必要な時はまたこちらから連絡するからそれまでは…』とも言ってたよ。俺もバカじゃないからその意味は分かったよ。

それに、俺は忙しいのは嫌だ。配達ももうできない。店もきれいになって、杉子に渡す分までできて、賃貸もあって。俺はホント春さんに何もしてあげていないのになーと申し訳なく思うよ。

でもマヤちゃん、本当、今日顔みせてくれてうれしいよ。俺はこれからも黙ってここでマヤちゃんを応援するからね。ありがとうよ。」

と言って、マヤの手をぎゅっと握った。

「洗ったから大丈夫だよ。俺は、女優さんと握手したんだから、しばらく手は洗えないけれどな。はははははは。」

と豪快に笑った。マヤは、

「おじさん、おばさん、杉子さん、ありがとう。おいしかった。やっぱりあたしの味覚はおじさんのらーめんが基準になってる。おじさんたちに観てもらえるように、あたしもがんばりますから、応援してくださいね。」

と言い、深々とお辞儀をした。麗もあわせてお辞儀をし、支払いを済ませようとすると、

「いや、いいんだ、今日は俺のおごり。ごちそうさせてくれよ。」

おじさんが言った。杉子もうんうんと横でうなずいていたが、麗は借りを作るよりもという想いで、ちゃんと支払いを済ませ、お店を後にした。

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