ガラスの仮面SS【梅静059】 第4章 運命の輪(1) 1984年春

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亜弓が主役となる第1期紅天女は3月3日を開幕とし、演目名は「復刻 紅天女」と名付けられた。演出は原作に忠実におこなった小野寺の演出をそのまま採用し、試演で披露した舞台を磨き上げ開演の日を迎えることになった。時間がないことも含みおき、稽古はすべて本舞台であるダイト・オーシャン・シアターで行われた。

決定発表から3日で大都はこけら落としから千秋楽までのチケットを販売開始に持って行った。3日の準備で対応できるのか、混乱するのではないかと人々は揶揄したが、まったくそんなこともなく、立派にチケットを販売した。2日で完売した。電話対応で受付をしたが、十分に用意した回線がパンクするほどで、しばらくの間はその混雑具合記録は破られることはなかった。

チケットの売れ方により、劇団Sがドッグ・シアターで上演している「ドッグ」のように一日2舞台に増やすこともあるが、紅天女はそれは一切やらなかった。むしろ、入手できない人がいることによって、第2期、第3期へと人気がつながっていくことになると捉えていた。主役を演じることができるのは亜弓とマヤ以外いないので、舞台数をふやすことによって、役者に負担が増えることを嫌ったことも大きなポイントだった。

「鬼の大都が稼ぎにいかない」

と不思議がる人も多かったが、ここまで待ってやっと上演にこぎつけることができる紅天女、あせって、使い捨てにするわけにはいかない、と真澄は考えていた。

加えて、上演までは情報をあまり露出しないことも心がけていた。舞台稽古の様子は一切マスコミには公開せず、千草が許可を出すTV番組や雑誌などでのみ取り上げるようにした。徹底的に、守り、息の長い演目にしようとするあらわれであった。

当然のことながら、舞台稽古は関係者のみで行われた。しかし、例外はあった。

小野寺が演出しているにもかかわらず、黒沼も桜小路も稽古初日から毎日オーシャンシアターに顔を出し、観察者のように稽古を見つめていた。けっして、声を出すわけでも何を指示するわけではないのに、ただ座って見ていた。

その沈黙がかえって小野寺をいらつかせた。小野寺にとってはたいそう不愉快な設定であった。小野寺は自分が不愉快なのだから、周囲も同様に不愉快であると考えたが、亜弓も赤目も、そして、他の出演者も一切嫌そうな様子はなかった。赤目はむしろ毎日黒沼とちょっとした会話をかわすことを楽しみにしているようで、時に声を出して笑う雑談をして、さらに小野寺をイラつかせる結果となった。

「なんだ、こいつら。まるで俺を透明人間のように扱っている。非常に不愉快だ。こうなると意地でも第1期で辞める、なんて言いたくない。」

と小野寺は何度となく思った。

「何かひとつ、ここでやってやらないと、俺の居場所は本当になくなる。」

とすら感じていた。

黒沼と桜小路がオーシャン・シアターに毎日顔を出すのに、マヤは一切顔をださなかった。それもまた小野寺をかえってイラつかせたが、マヤはそれは知る由もなかった。マヤには関係のないことであるし、マヤはドラマのために大忙しであったからだ。

亜弓とマヤが顔を合わせたのは、こけら落としの当日。ひと月、全く顔も合わせず、お互い連絡も取らずにいた。それまでにできた二人の信頼関係もあり、発表会見の夜、亜弓の家を訪れ、そこで過ごした時間もあわせて、あえて、稽古を見る必要もないとマヤは感じていた。麗もマヤの考えを支持し、「初日に、大きな花を出して、二人で思い切りおしゃれをして舞台を観に行こう。」と言った。

会見翌々日から沖縄に行ったマヤは、せわしなく1泊で東京に戻った。引っ越しも無事終了し、パスポート受領までのあいだぽっかり空いた日々は何年かぶりに新居でゆっくり過ごしていた。服装や髪形もすこし手入れしていた。

マスコミはマヤを追い回し、沖縄に行っていることはスポーツ新聞では取り上げられてしまったが、水城がウソの情報を流し「2、3週間疲れを癒すための滞在をする」ということになっていた。羽田空港でのマヤの写真は撮られてしまったが、それ以降は無事捕まることもなく、ずっと沖縄にいるのだろう、と追い回されることもなくやり過ごせた。

しかし、気づかぬところで思わぬ憎悪を大きくしている人物もいた。そう、紫織である。マヤを憎みながらもマヤの動向を逐一チェックしなければ気がすまず、沖縄にいると信じ込んでしまっていた。その話しはあとからしよう。

沖縄から戻った翌日、マヤは千草に呼ばれて、つい先日まで滞在していてホテルに出かけて行った。千草はその日は顔色もよく、声もいつもより張りがあった。

「いらっしゃい。あらためておめでとう。本当にマヤは成長したわ。」

と笑顔で迎えられ、促されるままに部屋にはいるとどこかで見たことがある男性がいた。

「あー、なんでー。パフェのおじさん。もう足は大丈夫ですか?すごい偶然。あのときはごちそうさまでした。おじさんのおかげで先生に会えたし。えっ、もしかして、おじさん、月影先生と知り合いなのですか?」

と目を丸くしながらもうれしそうにマヤは声をだした。すると、

「やはり、この方だったのね。恐ろしい子だわ。ふふふ。この方が誰だか、知らないまま屈託なく色々話したり、パフェを食べたのね。」

と千草が笑いながら言った。そして、英介に向かい言った。

「ねぇ、あなたもこの子にかかるとパフェのおじさんですって。ほほほ。おかしい。笑いが止まらないわ。パフェのおじさん。おなかよじれるくらい笑いそうだわ。ほほほ。」

「よせやい。千草。わしにも損得なしにパフェを一緒に食べてくれる人がいてもいいだろう?おー、お嬢さん、久しぶりだ。そうだよ。あのときの。あのパフェ、おいしかったな。こっちにも、いや、このホテルにもおいしいパフェがあるから、今度また一緒に食べてくれるかい。いや、今、ここに持ってこさせよう。3人で食べよう。どうだい?」

と英介がマヤに向かっていった。マヤはまだ事情が把握できず、能天気に答えた。

「食べたい!うれしい。いいんですか。なーんだ、おじさん、やっぱり月影先生とお友達なんですね。ならば今度3人で外にパフェ食べ行きませんか?月影先生もパフェ、お好きですよね?あ、あと、八百屋のお七のお礼もしたいです。おじさんに教えてもらって。あー、やっぱりお友達だから、先生の居場所も知ってたんですね。」

千草と英介は顔を見合わせてくすっと笑った。

「マヤ…。こちらの方、紹介するわね。大都芸能の前社長、今は、会長の速水英介さんよ。真澄社長のお父様。そして、過去に私の紅天女をつぶした憎い方よ。ほほほ。」

とやや皮肉を込めた部分もあったが、マヤに英介を紹介した。マヤはすぐにゆでだこのように真っ赤になり、

「えええええええ。あの鬼会長?え?ゲジゲジ冷血漢の父親、えあっち、お父様?ゲジゲジ様のお父上様?えっえっ、どうしよう。えっ、あたし、すごく失礼なこと言っちゃったのじゃないですか?えっえぇ。」

「あらためて挨拶させてもらおうかな。ゲジゲジの親玉ですわ。真澄とは血のつながりはないんだよ。だから厳密に言うと、親玉じゃないかもしれんな。まあとにかく、北島マヤさん、よろしく。仲良くしてくださいな。パフェもまた一緒に行こうか。」

「あ、えうえ、あいgはふぃう、す、す、すみません。北島マヤです。今後も末永くよろしくお願いします。」

と言いながら深くお辞儀をして、思わず目の前にあったテーブルに頭をぶつけてしまった。

「っったあぁー。ぶつけちゃったぁ。」

とマヤが言うと、一同大爆笑となった。

「今日はね。お話をしたくて。マヤに来てもらったの。会長もどうしてもパフェのおじさんから卒業して、大都の会長としてもマヤに会いたいというので、今日は、マヤには知らせなかったけれど、来てもらったの。」

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