ガラスの仮面SS【梅静061】 第4章 運命の輪(3) 1984年春

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ホテルの一室で

マヤ、千草、速水親子の4人で、紅天女にまつわるいきさつを話し始める千草。千草の一蓮への想い、英介の想いなどが赤裸々に語られようとしています…。


「その頃ね。会長が私のファンになってくださってね…。」

「そうだったな。本当に美しかった。醜いわしと究極のところにいる美しい月影千草。輝いていた。」

「でもそれが曲者だったの。一蓮は赤子の手をひねるより簡単に取り込まれていった。尾崎一蓮は速水英介からすべて奪われた。あっという間に。それも一蓮の作品が全国で評価されるようにいったん上に持ち上げたあげくに、奪って突き落とした。」

「……」

「本当に憎んだ。忌み嫌った。一蓮が命を絶ったのは、私の顔がこうなったのは、紅天女が封印されたのは…。そう、すべて速水英介の所為だった。その事実は変わらない。でも、それはなるべくしてそうなった。さまざまなめぐりあわせでそうなった。そう今は思える。」

「千草…」

「会長、許したわけではないわ。仲良くしたいわけでもない。
ただ、私の命が消える前にやるべきことは憎むことではなく、紅天女を次に託すこと。それが会長に対しても、そして一蓮に対しても、ある意味復讐なのです。紅天女は会長のものにはならない。そして、一番きれいなときの私を愛し、そのまま、私を残して逃げた彼への。それも手が届かないところに逃げた一蓮。愛は変わらないけれど、彼は私と向き合わなかった。私は、会長を許したわけでも、一蓮を忘れたわけでもないの。愛して憎んでいる。それは分かってほしかった。」

そして、マヤをじっと見つめて言った。

「ただ、私も女。愛した人との唯一の絆、紅天女が、復活するときは、私と一蓮との間ではぐくんだもの。そのままであってほしい。マヤ、あなたの紅天女は力強い生命力にあふれていて、私には眩しすぎるの。だからあのときのままで、それでいて、美しい亜弓さんにまず演じてもらいたかったの。あなたを選びながらも、封印を解く紅天女は亜弓さんだったの。」

「もし、あなたが先に封印を解く人間でないと寂しい思いをしていたら申し訳ないのだけれど、決してあなたが劣るということではないのよ。それはわかってね。」

「先生…。先生…。」

「本当に私も弱い人間です。一つの愛をどうしても大切に自分の思っているように守りたいの。そして、確かに一蓮と私の愛があったことを感じてから、次に進みたいの。」

「先生。あたし、まだ、男女の細かいところ、よくわかっていなくて。先生のおっしゃること、ちゃんと理解できているか自信ないのですが…。でも、先生が大切にしているもの。それがあることと、それを守るために、復刻は亜弓さんが阿古夜にということですか?それはわかりました。先生が譲りたくないことがあるということ。あたしにも譲りたくないこと、あります。同じだと思います。先生は何年もかけてその想いを持っていて、あたしよりもずっと長い時間、そう思っていて。それなら、あたしが譲りたくない気持ちよりもっと強いはず。わかります。あたし、その間、ドラマ、用意してもらったので、そこに全力つくして、次に、あたしが阿古夜で舞台に立つとき、きっと、役にたってると思います、きっと。うん、きっと。」

「マヤ…」

「先生は愛する人との別れ…。あたしは、たった一人の家族…、母と…。お母さん…。あのとき…。」

「マヤ、あなたの仮面がはずれてしまったとき。」

「はい。あの時は、あたし…。でも、あたし、今、お芝居ができている。それに先生、あたしに、今、ドラマの話が来ました。あの時、あたしが放り投げたMBAテレビでスポンサーは日向電機です。これは、先生、監督、周りで支えてくれる人、そして、亜弓さん、影で応援してくれる人。みんなのおかげです。そして、きっと、お母さんが、あたしに言ってるんだと思います、『おい、いいかい、マヤ。人に迷惑をかけたままでいいのかい?』って。ちゃんとお詫びをしてお返しをしなさいと言われているように感じています。母の最期には会えなかったし、あたしはその時崩れたけれど…。今はちがう。今はちがうんです。

そして、ドラマも他のお仕事も全部紅天女に生かしていく。お母さんがいなくなったことを嘆いたり、何かを憎んだりするよりも、創り出していくほうに力を傾けたい。
先生、ずれていたらごめんなさい。でも、あたしは今そう思っています。」

マヤの言葉にしばらく一同沈黙をした。沈黙を破ったのは英介だった。

「真澄にも話したことはないが…。」

「わしは、醜い男だった。誰にも相手されない、家族にも相手をされないいらない子供だった。いつも猫背で人の顔色をうかがう子供で、居場所もない。ずっとそんな時間を過ごした。それが悔しくて、悔しくてなぁ。働いた。金を手にするために。とにかく働いた。危ない橋も何回も渡った。とにかく金だ。うるおいは全くない。」

「面白いようにお金が集まってきた。でもうるおいはない。お金目当ての人間は集まってきたが、金目当てなんだよ…。でもわしにはそれが合っているんだ、せいぜいそれくらいなんだと、わしの価値はそれなんだと。お金が集まるほどに自分の価値を卑下した。

その代り、お金はわしを強くする武器だというこだわりが生まれた。わしの鎧だ。お金は裏切らない。お金があれば人は寄ってくる。おもしろいくらい下心を見せて、滑稽な姿を隠さずに人が寄ってくる。」

「そこに飛び込んできたのが紅天女だった。いや、月影千草だった。気高く美しく。初めて見た時は息が止まるかと思った。存在するのに、阿古夜は存在していない。手を伸ばしても届かない。わしが生きているどろどろした金の世界をずっと上から見下ろしている菩薩様ではないかと思った。いくらお金はかかってもかまわないからとにかく紅天女のそばにいたくなった、関わりたくなった。そこで、やっていた運輸の力を利用し、全国で興行するように会社も作った。それが大都芸能の始まりだ。」

「それまで誰もが金の力でわしにぺこぺこしてきたが、尾崎と千草は違った。とくに千草は違った。尾崎は、霞を食べて生きているかのように生活力がない男で、男前の顔、そして、作品を書く力。わしと正反対のところにいた。千草は…。」

ここまで話して、英介は、千草に向かって許可を得るか、まるで詫びるかのように言った。

「申し訳ないが、千草、今までこんな話をしたことはなかったが。このパフェおじさんが、心の内をさらけ出して良いか?今まで面と向かって話すことはなかったな。顔を合わせればおまえはわしをゲジゲジ扱いした。ははっ。」

「ええ。ゲジゲジは変りませんわ。でも、どうぞ。なさって。私たち、あと何年生きられるか。もう、わかりませんものね。会長は息子さんの前で想いを話されて、私は子供のように想ってきたマヤの前で想いのたけを話す。もうこれが最後。一生に一度のことじゃないですか。遠慮なくどうぞ。ええ。」

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