ガラスの仮面SS【梅静064】 第4章 運命の輪(6) 1984年春

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「よし。おい。源三さん。悪いがの。下のカフェに頼んで至急パフェをもたせてくれないかな。いや、待てよ。んー、今の季節はあんみつだ。よし。クリームあんみつにしよう。マヤさんはどちらでもいいね。よし、今日は和風の気分だ。千草。お前もあんみつくらいならいいだろう?わしがごちそうする。」

「ええ。久しぶりだわ。あんみつ。それに、珍しいメンバーですからね。会長、社長、マヤ、そして私。なんなら、記念写真撮りたいくらいね。面白いわ。今日は今まで誰にも話さなかったことを話したからちょっとおなかもすいたわ。源三、あなたもいただかない?みんなでいただきましょう。真澄さんもお嫌いじゃないでしょう?お忙しいでしょうけれど、あと少し。いいでしょう?」

「あんみつですか。もうずいぶん食べていないなぁ。お父さんのおごりですか。いただきましょう。」

すぐにクリームあんみつがルームサービスとして運ばれてきた。5人が一斉にもぐもぐと食べ始めしばしの沈黙があった。その沈黙を破ったのは英介だった。

「マヤさん。あんたの試演、観たよ。なんと言っていいか。」

「なんと言っていいか??なにか、あたし、変でしたか?」

「いや…。なんと言っていいか。それに尽きるんだよ。千草が作った紅天女とはまたちがうものだったね。ただ、阿古夜は生きていた。ひとつの阿古夜のあり方だ。」

「生きていた?」

「ああ。生きていた。生きている。わしの目に焼き付いている千草の阿古夜とはまた別物だ。千草の阿古夜は存在しているのかどうかわからないところがあった。梅の木の精だからな。マヤさん、あんたの阿古夜は形があるんだ。それでいて自在だった。」

「ん…。どういうことですか?」

「うまく言えないのだがな。千草の阿古夜とは別物だった。ちがう息を吹き込んだ。ただなあ、技巧的には粗削りだな。はっはっはっは。」

「へたくそってことですか?あれ?」

「そりゃあ、姫川さんのところのお嬢さんと比べたらな。マヤさん、あんた、まだまだだよ。亜弓さんの阿古夜は、千草の阿古夜が戻ってきたようだった。それでいて、千草よりも洗練されていて美しい。持って生まれた体つきも美しい。」

「やっぱり。美しいなんて、あたしには縁遠い…。

先生からさっき話を聞いて、うん、第1期のこと。納得はしているし、そうだなと思うけれど、あたしはまだまだなんだな、って思ったのです。美しい紅天女の前だとあたしは霞む。

ただ、以前のあたしはそれで尻込みをしていましたけれど、今はちがう。うん、いじけたりはしない。そんなことをしているヒマはない。あたしはあたしの紅天女を作るし、亜弓さんは亜弓さん。そして、二人でまた次の時代につなげていく。あっ、もちろん、あたしの足りないところ。そこは一生懸命努力して…。」

「ほぅ。殊勝な心がけだな。どのあたりが自分で足りていないって思っているんだ?」

「美しさはもう敵わないままで仕方ないとして…。ううん、仕方ないでは済ませられないけれど…。まず、亜弓さんは、表現したいと思っていることを確実に表現する肉体を持っているっていうことはある。あたしは音痴だし、ダンスもへたくそだし。感じても肉体がそれについて行かない。」

「ああ。音痴というのは噂が聞こえてくるぞ。ダンスや、筋力トレーニング。そういう当たり前のことを組み込んで、その上でスケジュールを管理し、仕事をこなしていかなければならない立場になったんじゃぞ。マヤさん。」

「はい。それは自覚しつつあります。それで、あの、大都さんの、水城さん…、いろいろ手助けしていただいています。」

「うむ。それも聞いておる。わしも賛成している。もちろん、真澄のところと直接契約してくれることが一番だけれどな。まあ、前のことでいろいろあったからな。もう少し時間がかかりそうかの?」

「うーん。時間が…。それよりも、まず、自分と、その周りの関係者に協力してもらってと思っています。前回は自分がどこにいるのか全く分かっていませんでした。子供でした。きちんと理解したい。その上で歩いていきたい。」

「そうかそうか。いや、パフェおじさんとして会ったときよりもずい分しっかりしている。安心したよ。あ、それで不躾なことを尋ねるがの…。」

「はい?何でしょう?」

「今、男はいるのか?」

「え?彼氏ということですか?」

マヤはその場にいる全員の顔を見回した。

「そうじゃの。そんなところじゃ。桜小路か?」

「いえいえいえいえ。桜小路くんは、本当に良い、うん、彼が一真でいてくれて。感謝しかないです。彼氏は…いないです。その余裕もないですぅ…。ただ、私の心の支えになってくれている人はいると…思います…。男性も、そして、女性も。支えてもらっています。」

「そうか。そうか。周りにも恵まれているんだな。よいことだ。うん、うん。わしはそういうことはなかった。周りとは金だった。金でつながっていた。悪いことばかりじゃないけどな。だからこそわかることもある。

いいかい、マヤさん。だからこそ、金にも、人にも溺れるな。特に、支えてくれる人、支える人、溺れるな。そのために自分で泳げるようになることじゃ。」

「溺れるな…」

「そうじゃよ。金に溺れるな、人に振り回されるな、ということは当たり前じゃよ。わからない、知らないだけでは済まない。時間を見つけて勉強もしなさい。」

「あたし、勉強嫌い…。」

「わしも学校の勉強は嫌いだったぞ。でもそれだけじゃない。勉強は人間を厚くする。マヤさんはそれが紅天女へのこやしになる。」

「そうね。マヤ。あなたはずっとお芝居一筋だったから。そういう時間を持つこともよいのじゃないかしら。これからの人生、結婚、出産、子育て…。そういうこともあるでしょう。そして、紅天女を守っていくことにもなるのよ…。」

「そうじゃ。わしのような金の亡者が紅天女にまた手を出すかもしれんぞ。はっはっはっ。」

「そうよ、マヤ。あなたも強くなりなさいね。」

「はい。先生、見守って教えてくださいね。」

「もちろんよ。命の続く限り…ね…。」

「先生…、ホントに長生きしてくださいねっ。あたし、まだまだ、先生にたくさんっ。たくさん、教えてもらうことが。」

「はいはい。私もそうしたいのよ…。でも…。あとどれくらいかしらね…。」

一呼吸おいて千草は続けた。

「そうそう、マヤ、アメリカはいつから?初海外?」

「はい。初海外です。パスポートも初めて。出発は土曜です。アメリカではドラマ撮影があって。前回ご迷惑をおかけした日向電機がメインスポンサーで、えっと、それ以外にもオリンピックの公式スポンサーがいくつかかかわっていて…。1時間枠でロサンゼルス観光番組も撮るかもしれないという話を水城さんに聞いています。」

「そうだね。それは私も聞いているよ。あとは様子を見ながら、水城さんと青木さんとも相談して決めていくと聞いている。水城くんは秘書にしておくにはもったいないやり手だよ。もちろん北島さんに無理がいかないスケジュールを一番に考えていると言っていた。」

真澄も会話に加わった。黙って聴いている間に真澄はクリームあんみつをたいらげていた。マヤはそれに気づき、真澄と目を合わせてクスっと笑った。

「意外と甘いものも良いものですね。パフェおじさんに僕も加えてもらおうかな。ははは。」

照れ隠しのように真澄は笑った。

「それはいいな。真澄。お前は本当に仕事以外興味がないカタブツだからな。紫織さんもさぞ退屈しているのではないか?」

「さあどうでしょう?今は、仕事が集中しているのでなんとも申し訳ないことをしていますが、機会があれば、甘いものも一緒に食べに行ってみましょうか。」

紫織の名前が出たら、真澄は視線を自分の膝に落とした。そしてまた顔をあげて話始めた。

「ああ、話を戻しますが、北島さん。水城くんがどう伝えているかしらんが、今回のドラマ。君にとってTVに復帰ということだけじゃないからね。亜弓さんは、舞台にかかりきりになるから、紅天女を引き継ぐ人間としては、あらためてTV業界とどのようにかかわっていくのか、という責任もあることを覚えておいてほしい。私から言うことではないかもしれないが、君が前回、TVから去った時、北島さん、君は大都の人間だった。だからこの機会に伝えておくよ。私にも責任はあったが、あのとき周囲にかけた迷惑は大きかった。傷ついた人もいたよ。君を信用していた人たちも、そして、君を陥れた人も。まあ陥れた人は自業自得だがね…。」

「はい。今ならば、あの時、あたしがやってしまったことの大きさが、舞台に立つ者として、そして、芸能に関係する人間として、そう、今ならばわかります。本当に丁寧に許しを請わなければ。謝ってからお仕事をさせてもらう。そして、同じ迷惑は二度と…。」

アイスクリームが溶けてしまったクリームあんみつを一口頬張り、ごくんと飲み込んでから、マヤは真剣な表情で言った。

「速水社長。あの時、社長が母にしたこと…。事実としては残っています。それがきっかけであたしは崩れました。そして、社長にもその気持ちをぶつけました。でも…、あれから、あたしも少しは成長しました。母もきっとそれを望んでいます。そして、紅天女。これから紅天女に関わる者として…。そこはしっかりとしなければ。母があたしに命をくれたように、あたしも紅天女に新たに命を吹き込んで…。うまく言えないのですが…。」

英介と千草はうんうんとうなずいていた。

「あっ、出発前に、ゆっくりと母のお墓参りをしてこようと思います。水城さんのおかげで、マスコミにも追い掛け回されないで済んでいるのでゆっくりと落ち着いて。ずっと最近参ることもできなかったので…。」

「それはいいわね。マヤのお母さんとやりあったこともあったわね…。はるか昔のよう…。私も一度は手を合わせに行きたいわ。そうね、また暖かくなってから、一緒に、ね、機会を作りましょう。」

「不遇な別れであったことは聞いておるよ。それに真澄が一枚絡んだことも聞いている。マヤさん、あんたにも色々な想いがあるだろうよ。でもなあ、今のあんたの言葉を聞いて安心したよ。お母さんも空から見ていらっしゃるだろう。今は大都が表だって直接的に支援できなくとも、わしは紅天女を全力で支援するぞ。だから、頼むぞ。紅天女。イイね?お願いするよ。」

「はい。はい。そのお言葉の重みを感じながら。」

「そして、たまにはまたパフェおじさんをさせてくれ。いやあ、思わず話し込んだが、こういうものも良いものだ。うん。いいな。おい、千草、お前も良いと思うだろう?な?」

会長がやさしい目で、千草を覗き込んだ。千草は黙ってやさしい顔でほほえみ返しをした。そして、マヤと真澄がまず二人で部屋をあとにした。

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