ガラスの仮面SS【梅静062】 第4章 運命の輪(4) 1984年春

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「ふふぅっ。お前からその言葉が出るとはなぁ。長年の歴史かのう。マヤさんも年寄の戯言と思って聞いてくれ。真澄、お前は、そうだな。父親の腹の中を一度は知っておくのもよいだろう。お前は容姿も良く、美しい嫁さんを娶って、わしが抱えていたコンプレックスはわからないだろうけれど、これがわしの原動力だったということを知っておくのもよいだろう。いろいろな奴がいる。今日だけの話だ。」

「ええ。会長、あなたを父と思いながらもつながりは事業だけ、ここまでそれだけできています。あなたの心の奥底は見せてもらったことはないかもしれません。もちろん、それでも感謝しています。しかし、この機会には、是非聞いてみたいです。そこからあなたと私の関係も変わるかもしれない。」

マヤは速水親子が会話を交わすのを不思議な気持ちで見ていた。そして、英介にとって真澄は息子であり、紫織はそのかわいい息子の嫁であるのだなと再確認した。どうして、この場でそのことが気になるのか。自分でも不思議だったが、それくらい自分は真澄を好きなのだろうとまるで他人事のように思った。

「わしはなぁ、カッコつけるわけじゃないが、千草を楽にしてあげたかったんだ。それだけなんだよ。おい、真澄、お前、もしかしたら、わしが千草を愛していて、お前の母親をないがしろにしたと思っていないだろうな。」

「まあいい。これからの話を聴けばわかるだろう。
月影千草。舞台であれほど美しい女が、いったん舞台をおりたら、尾崎のために金策に奔走し、貧しい暮らしを強いられていた。そのくせ、尾崎はほわーとしていて、千草の苦労はどこ吹く風だ。妻子は尾崎を見放したと思われているたが、とんでもない。程よくうまくつきあっていた。あいつはわしとはことなるずるさを持っていた。ごめんな千草、今さらこんなことを聞かせて。」

「それが彼の弱さなのよ…。知っていたわ。」

「わしは、千草の手が荒れ、毛先が乱れているのがいやだった。舞台をおりたあとのみすぼらしい着物も悲しかった。なぜ、この美しい女を大切にしない。贅を尽くして美しくして人々の前に出さないのか。時代なんか関係ない。千草の美しさをそこなうな。ちゃんと世話をして人前に出して輝かせろと思っていた。

それが尾崎にはできない。わしにはできる。しかし、たった一つの作品だけで、千草を縛っている。ならば、その作品をわしのものにしてしまえ。そう思ったんだ。周りはわしが月影千草を愛してすべてを独り占めするために紅天女に執着していると思っているがそれはちがう。」

「あの…、作品を手にしたとして、月影千草の心を手に入れることはできたのでしょうか?」

マヤがめずらしく口をはさんだ。

「できるわけないだろう。人の心はそんなものではない。それにわしが欲しかったのは千草の心ではない。

ただ、わしが、もうその時は大都になっていたが、大都が紅天女を手にしたら、少なくとも千草はやつれて金策に走って、みすぼらしい格好をせずに済む。そして、また他の作品にも出演できる。わしがしたかったことはそれだ。尾崎にはそれをさせてあげる力はない。そこなんだ。」

「今だから言うわけではなく、あの時からそれはわかっていた。わしは醜い、金儲けしか能がない面白味もない男だ。しかし、結局のところ、手に入れることができなかった。だからこそ、北島さん、あんたと姫川さんが競うところまでになった。

でもわしはあきらめなかった。尾崎を追い込んだ。尾崎は紅天女を手放すよりも、尾崎は命を絶ち、千草は顔半分に傷を負い、わしは、あしがもう不自由になった。痛みわけだ。そうなるとわしもあとには引けない。とにかくビジネスに没頭して、紅天女に執着するほかあるまい。」

「原点は、月影千草に楽をさせて、その美しさをずっと保ってもらいたい、ということだよ。何回も言うけれどな。

本当に美しかった。空から何か菩薩が舞い降りてきたようにありがたく美しかった。ずっと千草にそうあってほしかっただけなんだ。皮肉にも、そうはならないまま、わしが紅天女に執着していることだけが人々に知られることになった。」

ふうーと大きなため息を英介はついた。そして、顔をゆっくりと真澄に向けて言った。

「真澄。お前の母親はすごい女だった。速水文。藤村じゃないぞ。速水だ。お前の利発さは速水文から来ているんだぞ。知っていたか?」

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