ガラスの仮面SS【梅静063】 第4章 運命の輪(5) 1984年春

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「実のところ、文だけは知っていた。気づいたんだ。わしが何に執着しているか。あいつは知っていた。わしが言葉にできていなかった部分もきっとわかっていた。

真澄、お前にとっては面白くないだろうし、わしに対する割り切れない部分でもあるだろうが、あの火事の時、文が何より紅天女のものを守りに行ったのは、恐怖からでも、使用人として仕えている主人の宝物であるからでもない。わしがずっと求めているものをわかっていたからなんだ。美しいときの千草の面影がつまっている部屋だったからな。それがわしの原動力でもあり安らぎでもあったから。

お前はわしに強制され、文が命を落とすことになったと思っているだろうが、文はそんなバカな女ではない。強制されて動くわけじゃない。自分の意思だった。

もちろん、わしを憎むな、わしを許せと言いたいのではない。わしの想いを唯一理解した賢い女がお前の母親だったということを伝えたい。それだけだ。」

しばらくの間、だれも何も言わなかった。

「本当よ…。私は、会長から一度たりとて愛情を感じたことはないわ。過剰な視線や贈り物はあったけれど、それは男女のものではないわ。だから余計に嫌悪したの。今の言葉で言うならば気持ち悪い。そのくせ邪魔をするでしょう。そういう時があったの。今のこの二人からは想像できなくても、会長も私も若いときはあったのよ。ふふふ。」

「マヤ。これが紅天女のいきさつの一部。でも不思議でしょう。ここにいる全員が何かをなくして、そこからまた一歩を踏み出しているみたいじゃない?でも中心には紅天女がいて、らせん階段を上がっていくように廻っている。紅天女から離れられない…。そして、来月には紅天女が舞台に復活する。ここで話は戻るけれど、いろいろな人の想いがある紅天女、私が最後に演じたものに近い形で復活させたいの。それが私のわがまま。決してマヤ、あなた自身が復活にふさわしくない、ということではない。その理由を伝えたつもり。」

「おまえさまはわたし。わたしはおまえさま。」

やさしい目をしながら阿古夜のセリフをマヤが突然言った。

「ほっほっほっ。敵わないわ。恐ろしい子だわ。マヤ。そのせりふがでてくるの。ふふふ。紅天女はそこなの。わたしでもあり、あなたでもある。渦を作ってその渦の中心には…。」

「先生。あたし、先生のお話、そして、会長のお話、とても力になりました。あたしなりの理解で。きっと、これからもたびたび思い出すと思います。なにものかであり、なにものでもない。そして人を惹きつけて、自分になり、あなたにもなる。カタチがあるもの形式でしばられているもの、自由なもの。いろいろなことがこの世界にあふれている。」

「第1期のことはあたしももう割り切れています。新しいオーシャン・シアターの舞台も立ってみたいけれど、1年全部亜弓さんでも構わない。それがこれからの紅天女に役立つのだから。

先生、あたし、会見のあと、亜弓さんのおうちにお邪魔したの。亜弓さんと生まれも育ちも全くちがうけれど、なにかつながっている感じがします。お稽古は見に行きませんが、初日は観に行きます。たのしみ。亜弓さん、きっとすごくステキだと思います。」

「そうね。ありがとう。マヤ。話してよかったわ。本当にずい分物わかりが良くなってきて成長しているわね。

「そうだな。北島さん。あなたの紅天女も楽しみにしていますよ。ドラマもね。今度はもう失敗できないからね。そうそう、お嬢さんは、マネージメント会社は言っていないのでしょう?個人のマネージメントではなく、いっそのこと大都に入っちゃいなさい。いつでも歓迎するよ。なあ、社長さん。」

「会長。社長の私がスカウトするものですよ。ははは。今はまず目の前にあるものをしっかりと作ってもらって、そして、保存委員会、そちらのためにも、そして、北島さん自身の紅天女のためにもがんばってもらいましょう。」

思い出したように千草が言った。

「真澄さん、ありがとうございます。根津のあのお屋敷。会長の一声で決めてくださったのね。保存委員会の事務局もあそこにおけるわ。そして、会長から紅天女関連のものをすべて提供いただいて。展示室も作って頂けるなんて。」

「いえ、父にお礼を。月影さん。父は尋常じゃないこだわりでしたよ。糸目つけるな、千草にバカにされるものを用意するな!と大騒ぎでした。ははは。」

「あらまあ。ほほほ。マヤ。そうね、今度一緒に行きましょう。あのお屋敷。梅の里ほどではないけれど、梅もたくさん植えてあるのよ。そこはすべて会長、いえ、パフェおじさんが準備してくれたの。保存委員会のもととなるお金も会長からよ。この選択は合っていると思うわ。一蓮もきっと喜んでくれているはず。」

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