ガラスの仮面SS【梅静065】 第4章 運命の輪(7) 1984年春

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真澄とマヤ、二人で部屋を出て、エレベーターでロビーに下りて行った。マヤは用心のために伊達メガネをかけ、大きなストールを真知子巻きして顔が目立たないようにしていた。うす紫のストールはマヤにとても似合っていた。

幸運にもエレベーターには同乗するひとはなく、ロビーまで直通となった。その間、真澄はマヤに

「頑張っているね。アメリカ、気を付けて。」

とだけ声をかけた。マヤは黙ってうなずいたあとに

「あたしもその月影先生の阿古夜のものがある部屋に行ってみたい…。先生がされたように、ひとりぼっちでそこに座ってみたい。」

とぼそっと言った。真澄もうなずいた。

そんな会話のうちにあっという間にロビーに着き、二人きりの時間は終わった。

「送ろうか?」

と真澄が声をかけたが、マヤは微笑みながら首を振った。

「そうか。しばらくは、顔を見ることもできないと思うけれど…。それに許されるなら私もお墓に…。」

と真澄が言うと、話すことを制すようにマヤは自分の口の前に人差し指をたて、にっこり笑った。真澄もマヤの気持ちを思うとありがたいようなすまないような気持ちになりつつも笑顔で返した。マヤはその後、軽く会釈をして、ホテルを後にした。真澄はマヤの後ろ姿を見送った。

あとになって振り返るとこの時に送ってもらっていればよかったとマヤはしみじみ思うことになる。次に元気な真澄に会えるのは、かなり先になってしまったからだ。

何の話かと思ってホテルに呼ばれて、部屋に入ってみると驚きしかなかった。月影さんのみならずマヤも部屋にいた。そしてにこやかに話をしている。一体何が起こったのかと真澄は思った。

やっぱり、父はマヤと会っていたんだ。パフェのおじさん、か。笑ってしまうな。

さらに、英介の本心や、母の口から聞くことがないままだったことを聞くことになり、意表もつかれた。気疲れはしたものの、真澄はおだやかな時間に何とも言えないあたたかさを感じた。

マヤは会うたびにきれいになっていく。人目がなければ抱きしめたいくらい愛らしい。気持ちを抑えることがやっとだった。

それに今日は時間が許さなかった。あんみつミーティングをしたために時間も押してしまった。

あれからすぐに社に戻って、片付けて行かなければならない山盛りの仕事をこなした。

紅天女第1期オーシャン・シアターの広告、マスコミ露出などの調整確認、マヤが行ってきた沖縄のDスクールもこのタイミングで打ち上げ花火を一発やれれば相乗効果も見込める。生徒も増やして良い頃だろうし、芽が出そうな子はそろそろステージに上げることも考えてよいだろう。

それに何より、オーシャン・シアターのすべてが問題なく進んでいることを細かく把握していなければならない。

もちろん通常業務もあり、本当に分刻みのスケジュールだ。

すると、鷹宮に顔を出すことも数日できない状態になる。もともと腰は重いが。行かなければと思うと、気も重くなる。自業自得だけれど悪循環だ。同時に行かない理由ができていることはほっとする部分もある。

それにしても、しかし、英介たちに会ったあとの真澄の疲れは、実のところ、ある意味心地よい疲れだった。

いつも速水の家で小さくなっていた母も、実は英介に理解されリスペクトもされていたのだから。ただ、お金のため、子供の教育のためだけに、お手伝いあがりと陰口を言われ耐えた人生だけではなかったのだ。それが英介の口から語られたことも一つの救いであった。

「実の親子ではないけれど、父と俺は素直に愛情表現ができないということで似ているのかもしれない。意外なところにつながりがあるものだ。妙な親子の絆だ。」と独り言を言い、疲れた頭を仕事モードに戻した。

鷹宮家の紫織…

紫織は、真澄の妻になったのに、全くの蚊帳の外、疎外感が日に日に強くなっていった。

人間は知らないで良いことは知らないままで良いと思う。そもそも、そのようなことを考えたこともなかった。

実際今までも知らない世界ばかりで生きてこれたけれど、今は違う。夫となった真澄には、自分が知らない世界がある。仕事。彼はそこに心をとられている。そして、そこには、彼が長年見守ってきている女性がいる。その女性が彼の仕事、会社の命運を担う演目の権利を手にしてしまい、彼は、今後仕事で苦戦することになるだろう。

それだけではない。なにより気になることは、結婚はしたものの、彼は家に帰ってこない。一緒にいる時間がほとんどない。

彼の世界にずけずけ踏み込んできている女性はほんの小娘。みすぼらしい小娘。しかし、油断はできない。滝川が渡した小切手も結局換金されていない。あの子は、真澄さまをあきらめていないのよ、きっと。だから彼の仕事の邪魔をして、気を引こうとしている。

あの子の居場所が分かれば、真澄さまがそこに行っているかどうかまだ調べようがあるのに。いや、きっと行っているはず。あの子だけは嫌。紫のバラも嫌い。

そのことを考えると気分が沈む。そして、憎悪で一杯になり、また気分が沈む。その悪循環。あの子さえいなければ。あの子の居場所が分かれば…。そうしたら、自分の手でこの苦しみを止めることができるのに…。

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