ガラスの仮面SS【梅静058】 第3章 確かな息吹 (15) 1984年春 第3章終

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マヤはドラマを受けることになり、まずはそのままパスポートの準備をすることになった。

キッズスタジオにいた全員にとってあわただしい一日となった。

黒沼は翌日、黒沼組メンバーへの説明をすることにした。真澄がリストアップしているオファーは見事に一人一人の事情に合っていて黒沼は空恐ろしくなった。これは逆らわずに身を任せた方がラクなのかもしれないとも感じた。

午後は、黒沼と桜小路は、小野寺組の稽古を見学するためにオーシャンシアターに向かった。速水の手配の良さに、黒沼はあえて、

「ずい分準備の良いことで」

と憎まれ口をたたいたが、その顔は笑っていた。そして、タクシーに乗り込む黒沼と桜小路を見送ったマヤもパスポート申請に。キッズスタジオを後にするときに、真澄がマヤに

「自分で決められるようになったね。立派だ。大人だ。色々と伝えたいこともあるけれど今は…。」

と言った。マヤはあえて笑顔で、

「ハイ。もうあたしだけの北島マヤじゃないです。あたしはあたしですけれど、北島マヤは少しずつ成長して、紅天女を次に伝える役割と他のお仕事も役割もたくさんある。少しずつ分かってきています。無理なんかしていません。自分の速度で大人になっていきたいんです。頑張ります。」

と答え、真澄に敬礼してみせた。真澄はほっとしたような、やさしい笑顔をマヤに向けた。その時に、麗がマヤに「行くよ。申込み時間があるから。速水社長、失礼します。」と言った。麗は真澄に会釈をしてキッズスタジオをあとにした。

真澄はマヤがあの時「大人になりたい」と言ったことに忠実であることを痛感した。マヤは自分に向かってきてくれている。

それに比べて自分は、あの時に言った「大人になってくれ」に甘えてばかりだと思うと情けなくもあるが、今は身動きが出来ない、出来ることを全力でするほかないと思った。

「アメリカかぁ~。アメリカ。アメリカ。オリンピックなんて別世界の出来事だと思っていたけれど、オリンピックが始まる前にアメリカに行くのか~。」

とマヤがタクシーの中で言うと、水城は笑った。

「そうよ。ドラマは、少し難しい役どころになるわ。そして、あらためて知っておいてほしいの、MBAテレビで日向電機がスポンサーよ。オリンピックのスポンサーでもあるから当然そうなるわ。」

「え?そうなのですか…。大丈夫かな?まず謝罪に行かなければならないかな?」

「ふふふ。そうね。それはあるわね。場は設けましょう。そして、スポンサーは一社ではないわよ。オリンピックって大きなイベントだから、どこもかしこも注目しているの。」

「だから。成功したら大きいし、失敗したらもう目もあてられないよ、マヤ。」

すっかり麗は水城のコピーのようにマネージャーの顔になっている。

「うん。わかってる。もう失敗はできない。気持ちのスキが失敗の原因だということも痛いほどわかってきている。」

「そう?本当?気持ちのスキだけ?」

「うーん。スキだけじゃない。目的が見えてない時もダメかもしれない。今は、ひとつひとつお仕事に全力を尽くす。そして、その全力を尽くすことが、紅天女をずっと伝えていくことに、その価値をあげることに役立つ。きっとそう。そうだよね?」

「うん、そうだよ。マヤ。マヤの口からそんな言葉がでるなんて。つきかげのみんながきいたらひっくりかえるくらい驚くと思うな。でも私も負けてられないよ。」

二人のやりとりをうんうんと聞いていた水城はようやく口を開けた。

「申請が終わったら、いったんおうちに戻って、そのあと、引越し先のマンションに荷物を移してから、明日は沖縄ね。ご褒美と仕事をかねて。Dスクールのみんな、鈴木さん、そして、英語レッスンの先生をしてくれたナンシーさんにも会いましょう。ナンシーさんにはお願いして、LA同行してもらうわ。」

「うわ。本当ですか?ナンシー先生、日本語できないのにどうしたらいいのかな?どうやって意思疎通したらいいのかな?」

「何言ってるの。ナンシーさん、日本語ペラペラよ。彼女も、ご主人もLAにはコネがいろいろとあるから是非ってお願いしたの。」

「えーーー。ずっとレッスンの間、一言も日本語話してくれなかったのにぃ~。」

「それはそうするようにお願いしていたから。本当にペラペラよ。読み書きは、もしかしたら、マヤさんよりもずっと上手かもしれないわよ。」

「えーーーー。そういうものですかぁ。まあ、それならばナンシー先生とももっとゆっくりお話もできるから楽しみ!スクールのみんなにはお礼を言わないと。」

「そうね。もう佐藤ひろみではないわよ。有名な女優、北島マヤとして会うのよ。みんながマヤさんを目標にするわ。」

「そうですよね。あたしはあたしだけれど、あたしだけではないのですよね。あたしだけの北島マヤではない。ちょっと不思議。なにか芸名決めておいた方がよかったかな。フフフ。でもいいの、親につけてもらった北島マヤでやっていく。」

アパートに戻って、昨晩まとめた自分の荷物を見て「これだけ」と思うと複雑な気持ちになった。身一つで横浜を出て、そしていろいろあって、今、紅天女を担う者となり、そして、違うステージに足を踏み入れる。

もう北島マヤはあたしだけじゃない。あたしはあたしだけれど。北島マヤはもうひとつの別のプロジェクトになっている。

冷静に思い返すと、あたしは、LAに行くことをOKするように準備がされていた。それで明日は沖縄に行くことになっている。すべて、北島マヤを思って、そして、北島マヤを巡ってもうお膳立てはできている。

このアパートを出ていくことはちょうど良い区切りなのかもしれない。ひとつひとつ、確かなものになっていく。

あたし、少し、大人になってきたかな。変われているかな。そうやって自分がかわっていくことできっと速水さんにつながっていられる。そして、紅天女も守っていける。だからあたしは変っていきたい。

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