ガラスの仮面SS【梅静057】 第3章 確かな息吹 (14) 1984年春

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「確認?」

「ええ。ここまでずっと一緒にやってきた黒沼さんと桜小路さんが、亜弓さんと組むの。それ平気かしら?ずっとあなたが阿古夜だったところに亜弓さんがとってかわるの。気持ち、おだやかでいられる?その確認をしたいのよ。」

マヤは一瞬言葉を飲み込んだ。ええ?!!黒沼さんと桜小路くんが亜弓さんと…?今日この部屋に入った時から確かにその話ばかりだけれど…。そうか、具体的にはそういうことか。あたしの一真は桜小路くんだけ、と思っていたけれど、桜小路くんの阿古夜があたしじゃなくなるのか…。

沈黙が続いた。マヤは真澄と目が合った。真澄の目が力強かった。そして、黒沼と桜小路の目も力強かった。3人ともまるで「強くなれ、大きくなれ」と言っているようにマヤは感じた。そうだ。あたしは、紅天女を自分で演じるだけれはなく、残していくこともやるんだった。役割を与えられて、そして選ばれた。自分の気持ちだけで心を乱すヒマはない。

「気持ちは…正直、今、初めて、そのことを考えると、おだやかですというとウソになるかもしれません。でも、それが紅天女のためであることは間違いないと言うことはわかります。紅天女のためならば、おだやかでなくても、あたしは自分の心をおだやかにします。大丈夫。できると思います。」

マヤは顔をあげ真澄をみながら言った。そして桜小路に顔を向けて言った。

「あたし、この話、考えたこともなかったけれど。あたしの一真は桜小路くんであることは変わらない。もしかしたら、誰か他の人が一真にキャスティングされる紅天女もあるかもしれない。でも…。ここまで一緒にきた時間は他にはない。それは間違いない。だから、大丈夫。そう思う。そして、一緒に紅天女を育てて行くのだなぁと。はっきりと何をしたらよいのかは全然わからないです。へへっ。」

とかわいらしい笑顔を見せた。

一同、マヤの成長ぶりに驚きを隠せなかった。今までのマヤだったら、いやだいやだという気持ちが先に出て、何も言えなかったにちがいない。しかし、今日のマヤはちゃんと理解している。紅天女における自分の役割も、そして、それにまつわる人々のバランスを。

「マヤさん。今の言葉を信じるわ。本来なら、ここに、月影さんもいらしたら二度手間にならないのだけれど。月影さんの口からはっきりと決定事項として伝えられるほうがいいけれど、今日は体調が今一つであることと、そして、小野寺組はあちらのスタジオでもう稽古に入るから一同に会することはできないから。差し出がましいかもしれないけれど、大都がその調整役を仰せつかったの。」

「つまり、月影先生も了解していらっしゃるということですよね。わかりました。」

「ええ。そして、マヤさん。あなたに来ているオファーで、大都でチェックして、いえ、私が、そう、あなたをマネージメントすると約束した者として、いくつか来ているものの中で、これが一番いい、あなたのためになるだろうというものをお伝えしたいの。」

通常は早口気味な水城がゆっくりと話した。

「ドラマ。単発2時間ドラマなのだけれど。テレビドラマよ。過去に、そう、5年前よね、あの時は大河ドラマだったわね。あっという間にスターダムにのし上がったあなたはあっけなく芸能界を追われた。そして逃げた。逃げざるを得なかった。だからそこにリベンジよ。

復刻版紅天女のよいところは亜弓さん持って行ったわね。あなたが選ばれたにも関わらず。あなたは、その間、自分の過去に向き合うの。そして強くなるの。そして、堂々と芸能界で紅天女を続けていく。」

「そんなこと考えたことはなかった。ただ、お芝居が好きで。それだけで。」

「それはわかってるよ。わかってる。その情熱は僕が一番知ってる。」

桜小路が口をはさんだ。

「そう。でも情熱だけでは、紅天女をつなげていく者としてはまだ足りないんだ。今までの芸能生活も振り返って、補足するところは補って、そして、堂々と、王者のように紅天女をつなげていってほしいんだ。それにピッタリのオファーだ。」

と真澄が言った。マヤは真澄が芸能人としての今後を考えていてくれているのかと驚いた。今までそのような話をしたことはなかったから。ううん、速水さんは、なんだかんだ言ってもいつもあたしを見守って応援してくれた紫のバラの人。今は、これからのあたしを応援しようとしてくれている。水城さんもそう。麗と信頼し合って、あたしを応援してくれている。

「今年はオリンピックがあるでしょう。オリンピックの前に、あえてLAでドラマを撮るの。そして、オリンピックにつなげるカタチよ。スポンサーも立派よ。是非成功させなければ。いえ、成功させるし、成功するわ。そして、その成功は紅天女につながっていく。」

「ドラマ…。以前にスポンサーに迷惑をかけたドラマ。こわいけれど、避けて通れない道…。それが紅天女につながる…。」

またもや沈黙が流れた。

「あの…。今日の話。いろいろ話があってあたしの頭では理解しきれない。繰り返していいですか?

黒沼さんと桜小路くんは亜弓さんと第2期紅天女をやることになって、あたしは、第2期までは紅天女をやらないことになって、そして、その時にテレビドラマに再挑戦する…。エルエーってアメリカのロサンゼルスですよね?オリンピックがあるのは知ってます。カリフォルニアですよね。その、オリンピック前に注目されている場所を舞台にドラマを撮る。えっ!あたし海外に行ったことない。パスポートも持っていない!」

ここで一同大爆笑した。真澄ですら大爆笑した。

「いや。久しぶりに腹の底から笑わせてもらった。そこが気になりましたか。ははは。そこでしたか。そこは大丈夫。水城くんがすでに必要な書類を準備している。今の話は合っているよ。正しく理解しているよ、北島さん。それで、やってみるの?どうなの?」

「はい。やります。やりたいです。やらせてください。でも…。天の輝き…。沙都子…。MBAテレビ…。日向電機…。そして、里美くん…。もうすぐ5年…。そして、お母さん…。お母さん…。あたしがまたテレビドラマに出てもいいのでしょうか?お母さんは…。あんな形でこの世を去ることになって、あたしはまだなにもお母さんにしてあげれていないのに。」

麗がゆっくりと話はじめた。

「マヤ。あの時は色々あったね。つきかげのみんなともケンカ別れのようになったね。結局は誤解だったけれど。誤解は解けたけれど。」

「うん。あの時はみんなに迷惑をかけて。」

「いや。いいんだ。誤解は解けたし。みんな、私を含めてみんなマヤを応援しているよ、今は。それに、マヤ、お母さんとはもう話はできないけれど、きっとわかっていらっしゃるよ。最後はマヤの映画を観ていたのだし。きっと今も空のどこかで応援しているはずだよ。お母さんとしたら、マヤを褒めてあげることができなかったことだけはきっと後悔していらっしゃるだろうけれど。」

「麗…。そうなのかな?」

「うん。昨日の亜弓さんのご両親が私たちをあたたかく迎えてくれたように、きっと、マヤのお母さんも空のどこかでマヤを褒めている。わかってくれている。」

「麗…。」

「でも。はっきり言うと、TV局とスポンサー。そことは誤解も解けていない。そして、かけた迷惑をマヤとしてはお返ししていない。違約金はきっと大都で支払っただろうけれど、役者としてのお返しはしていない。やっとお返しができるときが来たのではないかな?」

麗は、マヤにも理解しやすい言葉で話すが本当に得意だ。麗の話はすぐにマヤに響く。

「そうよ。あなたは汚名返上をするの。TVドラマで立派に演じ切ることはあなたにとっても、今後の紅天女にとっても幸運のしるしよ。そのためにはあなたも全力で臨まないとだめよ。」

水城の念押しにマヤはしっかりとうなずいた。

次回第3章最終回

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