ガラスの仮面SS【梅静034】 第2章 縮まらない距離 (14) 1984年冬

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「本当によろしいのですね。御身体に障りませんね。」

真澄が千草に念を押した。

「痛み入りますわ。真澄さん。でも、避けては通れませんから。時間が許すならばこのまま。今日このまま。理事長もご一緒くださると。」

「わかりました。しかし、くれぐれもご無理なさらずに。そして、お気持ちが高ぶられるようでしたらすぐにそのままホテルに行っていただきますよ。良いですね。」

「ええ。私もわかっています。保存委員会がきちんと動き出すまでは、私の身体は私のものではありませんから。」

「そうじゃよ。月影さん。頼むよ。話しづらい部分があるなら、わしが代理で話してもいいんじゃ。もう月影さんの考えは理解したからのう。」

「ありがとうございます。とにかく行きましょう。真澄さんもお時間頂戴して申し訳ないけれどよろしくお願いしますね。」

と言って、3人で車に乗り込んだ。目的地は速水邸であった。

「珍しいな。真澄。連絡までよこして、ここに顔を見せるとは。ちゃんと鷹宮でやってるのか?ああ、今日は会見だったそうだな。どうだ?首尾はうまく行ってるか?もちろん、行ってるだろうよ。」

と大きな声を出し、話し続けながら顔を出した速水英介は思わぬ訪問者に驚いた。

「ち、ち、千草じゃないか。」

「お久しぶりです。会長、お加減はいかがですか?」

と、千草はあえて丁寧にお辞儀をした。

「今日は、折り入ってご相談、いえ、お願いがあって参りました。お顔を拝見するのはとても勇気がいりましてよ。」

女優らしい澄んだ声と笑顔で、英介に話しかけた。

「な、な、なんだ?わしにそんな優しい言葉なんて、おかしいだろう??なんだなんだ??いや、まあ、こんなところではなんだからな。おい、真澄。千草を連れてくるならば事前に言え。こんな格好で、もうわしは所在ないぞ。ああ、山岸さんも一緒かい。そうか。じゃあ、今夜はうちで食事でもするか?どうだ?おーい、今日は今からお客さんをおもてなしできるかー。」

と英介はことのほかあわてて大きな声を出した。

「いえ。会長。私も、会長のお顔を拝見するだけでも勇気がいると申した通り、今は複雑な気持ちですのよ。今日は、用件をお伝えすることが精いっぱいですわ。精一杯笑顔の仮面をつけておりましてよ。ほほほ。それに、体調もあまり芳しくないので、お伝えしたら、すぐにおいとましますから。」

「そうか。そうか。とにかく上がってくれ。いやー、千草がこの家を訪れるときが来るとは。うん。そんな日が来るとは。」

「では、失礼します。」

と言い、あがり、応接間に通された。

座って一息ついたあとに口火を切ったのは千草だった。

「ご存知でしょうが、今日、会見をいたしました。紆余曲折あって、真澄さんの会社がオーシャン・シアターを準備くださって、そちらで、一年紅天女を上演することになりました。真澄さんのご尽力には感謝いたしております。」

深々とお辞儀をし、顔をあげて続けた。

「今日の会見では、個人に上演権を譲る、ということから、ちょっと方向性を変えたお話しをいたしました。紅天女保存委員会を立ち上げることにいたしました。姫川亜弓と北島マヤ、いずれかを選ぶことには変わりありませんが、選ばれなかった方にも、引き続き関わってもらい、紅天女を残すことを第一にしました。」

「ほう。やっとその話になったのか。」

「ええ。今回の横やり。これで決心しました。会長が一蓮にした嫌がらせに比べれば稚拙な嫌がらせですけれども、紅天女を誰か一人に譲ってしまって、また嫌がらせや横やりが続くことはもう耐えられません。一蓮が生み出したものが消えてしまう。」

「お前は相変わらず辛辣だのう。続けなさい。」

「そして、今日、理事長が会見でもおっしゃったのですが、一蓮がもっと書きたかったであろう想いを、その想いを受け継いでいくことも大切なのだなと思ったのです。理事長が、一蓮が日本のシェイクスピアにもなるだろうと。」

「才能はあったからな。」

「ええ。その才能をつぶしたのは、会長ですけれどね…。私の恨みはもちろんまだありますけれど…。もうお互い年もとりました。そして、今は、恨みを第一に出すことよりも、一蓮の魂をどういった形でも残すことが、一番のことだと思うようになっていますの。」

「ほう。わしを恨むが、それよりも尾崎の魂、か。それで、わしに何をしろと?」

「お話しが早いですわ。2つありますの。申し上げますね。お持ちになっている、紅天女の、そう、私の衣装や、肖像、小道具、残っているものを全て保存委員会にいただけませんか。返してください、が正しいかしら。とにかく、紅天女を残すためです。そして、委員会に、個人として、出資をしていただきたいの。その2点です。」

「単刀直入だな。それをすることでわしに何かよいことがあるか?」

「あなたの愛した月影千草の紅天女を観ることはもうできませんが、その愛した女が命をかけて守る紅天女をつないでいくことができます。そして、私は、あなたを恨みながらもそれよりも大きく感謝をすることになると思いますわ。」

千草は顔をあげて英介を見つめた。

「そして、あなたがどうしても手に入れたかった紅天女。あのときの美しい紅天女をまたお見せできると思っていますの。そして、また新しく、魅力的な紅天女も。ご覧になりたいでしょう?」

千草の顔の傷がまるでないもののように見える満面の笑みで、やさしく、英介の目をじっと見つめた。

「ふんっ。相変わらずの女だ。お前は。千草。お前はそこまで亡くなった男を愛しているのか。ふんっ。おもしろくない。いや、ちがうな。尾崎に対してだけではないだろう?どうだ?」

「ええ。一蓮を愛しています。そして、その証の紅天女に執着しています。その執着が一蓮への愛なのか、自己愛なのか。それは正直わからなくなっていますわ。さすがお見通しですわね。私を良くご覧になっているわ。」

「それで、いくらほしいんだ?それで何をするんだ?」

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