ガラスの仮面SS【梅静040】 第2章 縮まらない距離 (20) 1984年冬

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「さあ。黒沼組の阿古夜が戻ってきたぞ。今日からはビシビシいくぞ。」

と黒沼が大きな声でその場にいる人々に呼びかけた。するとマヤが珍しく、自主的に手をあげて、発言を求めた。

「あ、あ、あのう。あ、あの…。」

「なんだ?北島?どうした?」

「ひ、ひ、ひとことぉ~」

と真っ赤になりながら上ずった声で言った。

「よし。言え。」

「あ、はい。み、み、みなさま。き、北島マヤ。も、戻って参りましたぁ~。」

「はっきりしっかり話せ!阿古夜さんよ!」

と、黒沼がはっぱをかけた。すると周りも、

「どうしたのじゃー阿古夜さまー」

と茶化すように声掛けをした。

「あ、あ、はい。」

と言い、すぅっと深呼吸をして

「皆のもの。待たせたのぅ。戻って参った。もう争いは終わりじゃ。あとは、ひとつになるだけじゃ。立場も性別も越えて、皆がひとつになり、魂を合わせるだけじゃ。」

「……」

パチパチパチパチ…。

腹の底から出る声はすきとおっているにもかかわらず見えない圧力もあり、一同、一瞬息を飲んでから拍手を送った。

「やるな。北島。お前のひと月。しっかり見せてもらうからな。」

「ハイ。」

「じゃあ、今日は、通しで始めようか。」

「す、すみません。1時間だけ、阿古夜と一真の二人だけの時間を作らせてもらえませんか?」

一同、マヤの思いがけない申し出に驚きの声を上げた。

「マヤちゃん、どうしたの?」

桜小路自身も驚きを隠せなかった。

「桜小路くん、それは1時間の間で。そして、その後に、ひとつやってみたい稽古があるんです。黒沼さん、まず、1時間、二人だけの時間をもらってよいでしょうか?」

マヤと桜小路、二人だけで稽古場のロビーで話している。

「桜小路くん。さっき、明るく迎えてくれてありがとう。戻ってきて稽古をまた始めるの少し心配だったんだ。実は。」

「……。」

「そして、さっきは紫のバラのこともありがとう。あれがなかったら、この1時間を使いたいと言うお願いはしなかった。」

「マヤちゃん…。」

「桜小路くん、下心なしに言うね。私の阿古夜の一真が桜小路くんで本当によかったと思っているの。他の誰かじゃなくてよかった。たとえば、引き合いに出すのも変だけれど、里美くん、私が彼に夢中だったときの里美くんでも、桜小路くんには敵わない。彼に一真はできない。その想いはずっと感じていて、沖縄に行く前も、そして、沖縄に行っている間も。そして、さっきの紫のバラの話で、うん、間違ってないんだと思った。」

「マヤちゃん…。」

「それでね。おとといの会見で、正直全部正しく理解しているか自信はないけれど、もし、私が選ばれなくても、いつか、私が紅天女を演じるときがあるかもしれない、という可能性があることは理解したの。その時は、一真は、桜小路くんしかいないと思ったの。」

マヤは続ける。

「ただ、私は、北島マヤで、阿古夜だけではない。阿古夜の仮面はかぶるけれど、外すときもある。そして、阿古夜は私だけではない。月影先生が演じ、きっと亜弓さんも演じ、昨日の話だと、他の後継者を育てていくこともあるのだと思う。だから…。」

「だから?」

「うん。渡すものがある。2つ。」

「渡すもの?」

「ハイ。」

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「これは?」

「うん。沖縄の石垣というところの民芸織物で、ミンサーというの。男女を示していて、永遠に続く愛をカタチどっている。これは、私のなかの阿古夜から桜小路くんの中にいる一真に渡したいと思って、思わず買っちゃったの。ハンカチだから身近に消耗品として使ってもらえるし。」

「阿古夜から…?」

「うん。そして、もうひとつ。ごめんね。これ。」

と、マヤはイルカのペンダントを差し出した。

「北島マヤとしては身につけておけない。ごめんね。ずっと感じていたのだけれど、自分の中でも整理ができていなくてうまく伝えられなかった。そのせいで、桜小路くん、苦しんだかもしれないけれど。ごめんね。でも、さっきのバラの話。」

「うん。バラの話は本心だよ。本当の気持ちだよ。」

「うん。それで、桜小路くんを信じて賭けてみようと思った。きっと、今を逃すと後味が悪くなる。ミンサー織のハンカチも渡しても大丈夫。ペンダントも返しても大丈夫って。」

「マヤちゃん…。」

ふぅっとおおきくため息をついて、桜小路は顔をあげた。

「負けた。負けた。負けたよ。マヤちゃん、いつの間にか僕を守ることを考えてくれるようになっている。僕がマヤちゃんを守るつもりが。いや。負けた。わかった。受け取る。ハンカチは一真を演じる僕として。そして、ペンダントはこれをマヤちゃんに渡した桜小路優として受け取る。」

「桜小路くん…。」

「でも、紅天女がある限り、僕らのつながりは続くからね。それは今マヤちゃんが言ったよ。いいね?」

と満面の笑みで、マヤを見つめた。

「もちろん。誤魔化すために言ったんじゃないから。私の本心だから。」

「それに役者だけのつながりではないからね。僕が今マヤちゃんに向けている恋愛感情は受け入れてもらえないことはわかった。納得するよ。でもたんに役者同士ということだけじゃないからね。そこはいいね。」

「うん。紅天女はずっと特別であると思うから、私もそう思っている。」

「本来ならここで笑顔で握手だろうけれど、マヤちゃん、一真のわがままきいてくれ。」

と言って、桜小路は、マヤをぎゅっと抱きしめた。

30秒ほど強く抱きしめて、桜小路がマヤを離すと、マヤが顔つきを変えて話始めた。

「今日のお稽古。ちょっと新しい試みやってみたいの。どうかな?」

「ん?どんなこと?」

「うまく言えないけれど、それぞれの役の影を同時に演じてみたいの。ぴったりとお互いの動きにあわせて、影を。みんなの前でもいいし、二人だけでもいい。その後は、お互いの役を入れ替えて一度やってみたい。それを、お久しぶりのウォーミングアップにしてみたいの。」

「面白そうだね。なにか沖縄でヒントがあったの?」

「うーん、うまく言えないけれど、ダンスレッスンのとき。ソロパートと、フォーメーションパートがあって。入れ替わりながら作り上げて、楽しかったから!」

「わかった。じゃあ、僕から黒沼さんに話そう。きっとマヤちゃんが話すより、わかりやすいよ。フフフ。」

「そうだね!お願いします―。」

マヤの屈託のない笑顔。ミンサー織のハンカチ、そして、戻ってきたペンダント。悲喜こもごもだな、と心の中で泣き笑いの桜小路であったが、できるだけのすがすがしい顔で、みんながいる稽古場に戻っていった。

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