ガラスの仮面SS【梅静022】 第2章 縮まらない距離 (2) 1984年冬

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東京に戻る前に水城はマヤと麗を迎えにわざわざ沖縄までやってきた。もちろん、迎えに来ることだけが目的ではなく、Dスクールの現状、そして、マヤの様子を、それぞれ、鈴木と麗に確認をしていた。水城と麗は昔からの知り合いかのようにくすくすと笑ったり、真剣に話し込んだりしていて、どうも気が合うようだった。マヤから見ても二人は不思議な関係であった。

水城はまず、現時点でのスクール生の様子を確認した上で、

「がんばりましたね。その調子で。」

と鈴木を励ました。さらに小声で鈴木に対して、

「心配いりませんから。もうあなたを探してなにかさせるようなことはありませんから。縁は切れたと思って。小野寺さんはそれまでの人よ。」

とまるで鈴木の心配を読み取ったかのように告げた。実際、小野寺はひと月の間、特に厳しい稽古をメンバーに課したわけでもなく、亜弓がいないことをよいことに、役者にはほぼ自宅待機をさせた。小野寺自身は、家族サービスも兼ねて、ハワイでぼーっと過ごしたようだった。

水城と麗は気が合うだけではなく、二人で真剣に仕事の話をしていことがたびたびあった。話しこみながら、マヤをちらちら見るので、何事だろうとマヤは不思議に思った。

「あ~、ずる~い~。大人の女性の内緒話?」

とマヤはおちゃらけてみせた。すると、二人は目を合わせてうなずきあった。麗が

「マヤ、あのさ…」

と口火を切ると、さっと水城が手を出してそれを止めるしぐさをして、話し始めた。

「ひと月、ここで過ごしてみて、新しい自分を発見したところあるのではないかしら?」

「うーん、どうでしょうか。収穫があったとは思いますが…。あっ。あのぅ、鈴木さんとの読み合わせをしていて…。少しずつ、欲がでてきました。一真も阿古夜と同じ気持ちでいてくれたらなぁ、って。そうすると、もっともっと一つになれる気がして…。」

とマヤがぼそっと答えた。水城はやさしく微笑みながら続けた。

「そうなのね。マヤさんの阿古夜にとってはプラスだったようね。それはよかった。それでね、これからの話なのだけれど…。」

「これから…?」

「ええ。こちらではテレビもスポーツ新聞も目にしていないでしょうし、シアターXのあとの話をあえてしないように麗さんにお願いしていたから、東京戻ってから、少し、面食らうこともあると思うの。」

「……」

「それでね、マヤさんは大都とはまだ過去のいきさつもあるから、マネージメントに対して、あまり良い印象をもっていないかもしれないけれど、今後は、マヤさんが一人で、だれのマネージメントなしで、乗り切ることは色々と苦労があると思うの。」

「……」

「はっきり言いますね。今までは苦しいことやつらいときに、麗さんやつきかげのみなさんに甘えていたでしょう?でも、それではもう間に合わない立場よ、マヤさんは。みなさんもそれぞれの人生があるから、友情として応えられることとそうでないこともあるでしょう。時間もみなさん自分のために使うことが大切。」

「確かに…。困ると、泣いて、みんなに慰めて励ましてもらっていて…。」

「これからマヤさんは、女優として、進んでいくのだから、甘えて良い場面とそうでない場面を考えていかないといけないわ。そして、友情に頼ると、相手に負担がかかることも頭に入れておかないと。それでね…」

「いや、決してマヤの相談を受けたくないということではないんだよっ。」

麗が口をはさんだ。それに水城は目くばせだけをして続けた。

「それで麗さんとも相談したのだけれど、あのね、私とマネージメント契約をしない?大都とではなく、私、個人と。私は大都の社員ではあるけれど、それと同時にマヤさんのマネージメントを個人でやるの。」

「そんなことできるのですか?私、報酬払えますか?払えないと思います。」

「フフフ。報酬という言葉がすぐでてくるなんて、マヤさんも大人になってきたのね。ええ、お仕事として水城冴子個人が請け負うけれど、報酬は出世払いでいいわ。まずは、周りに負担がいかないようにすることと、そして何より、マヤさんが今まで体験したことがないことに直面したときに支えになりたいの。」

「そんな…。そんな、都合の良い話、あるのですか?」

「もちろん、マヤさんのためだけではないわ。たとえば麗さんだって、バイトをしながら食いつなぎつつ今の才能をどうやって伸ばすか、と考えたら、人に使ってる時間はあまりないのよ。そういう利点もあるわ。そして、あわよくば、才能のある人たちが、大都にかかわっていただければね、将来的にでも。そういうもくろみもあるのよ。だから、都合が良いだけではないわ。」

「私も考えてるよ、マヤはつきかげの仲間だけれど、もっと高みにいく女優だと。だから私たちだけで支えきれないこともある。それがマヤのためになるかどうかわからないこともある。突き放すわけじゃないよ。」

と麗が早口でまくしたてた。不安げなマヤの表情をくみ取って水城が続けた。

「もちろん、速水社長からOKもらっています。社員が、大都と契約していない女優のお世話をすることになるから。社長の許可がないと私が大都をクビになってしまうわ。フフフ。だからきちんと相談してあります。」

「よくわかりませんが、そういう都合の良い話があるのなら…と思います。大都はまだ私にとってちょっと行きづらい場所ではありますが、水城さんにはずっとずっと良くしていただいているし…。たしかに、つきかげのみんなには甘えすぎていました。月影先生もなかなかお目にかかれないし、先生の健康が心配だし。そうなると、私は何かあった時に誰に話をしたらよいのか、と…。一人で決められるほど頭良くないので…。」

「決まりね。契約といっても口約束でいいでしょう。実際のお仕事の管理をすることはまだ少し先でしょうし。私としては、マヤさんがこれからいろいろ起こることに向かって行ける後押しをしたいだけだから。それもおせっかいではなく、堂々とお互い合意の上で後押しをしたいの。そして、麗さんをはじめとするつきかげのみなさんにも才能を伸ばして活躍していただく機会が与えられるようにも努めていきたいの。」

「そこまで考えてくださっているなんて…。わたしはそういうことを今まで一切考えずにやってきたから…。」

「そりゃそうだよ、マヤ。つきかげのみんなもお芝居が好きでやってきている。でもマヤ。マヤはもうそういうレベルではいられないってことじゃないかな。水城さんともずっと話したのだけれどね。」

「なんか突き放されちゃった気もする…。」

「それはちがうだろっ。マヤ~。ずっとずっとつきかげのみんなはお互い心のよりどころであることは変わらない。でもそれだけでは芸能界は乗り越えられない。きっとそういうことなんだよ。わかるよね。」

「うん。麗もそう言うし、水城さんがそういうなら。ハイ。わたし、水城さんにお世話になります。」

「オーケー。ではなにかあったら、まず、私に相談するようにして。これから。東京帰ったら、色々あると思うけれどね…」

水城の思わせぶりな言葉が気になったけれど、それは飛行機が羽田に着いてからまちがっていなかったとマヤは確信することになる。

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