ガラスの仮面SS【梅静023】 第2章 縮まらない距離 (3) 1984年冬

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東京へのフライトは3人で仲良く一列に座った。窓側からマヤ、水城、麗の順だった。沖縄に行くときは真澄と一緒で緊張して景色も見れなかったから、マヤは窓の外からの景色を楽しんでいた。

「日焼けだけは気を付けて。」

と水城はマヤに言い、それ以外は、小声でぼそぼそと麗と話していた。

2時間ちょっとのフライトはあっという間であったが、着陸まであと20分くらいのところで、水城がごそごそとバッグから取り出したものはスポーツ新聞だった。それを折りたたみなおして、白黒の面を表にして、マヤに渡した。

「表情を変えちゃだめよ。仮面をつけて。いいわね。誰かに見られているかもしれないから。その意識を持って。そして、到着したらそのまま、いったん、シアターXの代わりになったオーシャン・シアターを見に行きましょう。そこで舞台稽古と試演がやることは決まっているから。」

と小声で言い添えた。麗が心配そうにマヤの顔を覗き込んでいたので、マヤもなんとなく直感するものがあった。

「見たくない」

とっさに心の中では思った。でも目をそらしてはいけないし、わかっていたはず。それに速水さんとも約束をした。

「大都社長、鷹通令嬢と豪華新婚旅行へ」
「紅天女 消えた二人の候補者」
「オーシャン・シアター完成間近」

ああ、やっぱり。目にした新聞には見出しが並んでいた。顔をあげた真澄と、うれしそうにはにかむ紫織が二人で並んでどこかの空港で写真を撮られている。マヤは唇をぎゅっと噛んだ。そして、何事もないように返事をした。

「わかりました。オーシャン・シアター、見に行けるのですか?完成はまだしていないのですよね?」

「あとは内装の最終チェックと引き渡しよ。そして、紅天女公演をやることに最終決定したら、多少外観にもそのテイストを入れることになるから、あと10日くらいはかかりそうよ。そして、結局、3か月遅れになるかしら、そこで、小野寺組と黒沼組、それぞれが舞台稽古、試演となる運びよ。」

「わかりました。あのぅ、ひとつ聞いてもいいですか?」

「何かしら?」

「亜弓さんは?亜弓さんはこのひと月どこにいたの?何をしていたの?」

「亜弓さんのことが気になるの?マヤさん。」

「はい。正直言うと気になります。沖縄にいた時は全然気になりませんでしたが、飛行機に乗った時からなんだか気持ちがそわそわして。亜弓さんのことと、あと…。」

「亜弓さんのことと、あと…?」

「あ、あ、それはいいのです。亜弓さんのことが気になります。亜弓さんはどんなひと月を過ごしたのかしら?」

亜弓のひと月がどんなものであったか水城がマヤに話す前に飛行機は着陸した。迎えの車にのってそのままオーシャン・シアターに向かったので、亜弓についての話はそのままうやむやになってしまった。

亜弓の手術後の回復はいたって順調に見えた。亜弓は気丈にも術後の痛みも我慢し、何事もないように歌子とハミルに伝えた。二人は安心したようだった。手術自体もうまく行ったことは体感していたが、実は視力はあまり戻ってこないし、戻ってきても限定的なものであることを直感していた。

「あの子はどうしているのかしら。沖縄と聞いたけれど、なんのため?一人沖縄で何をするの?」

術後すぐから同じことを考えていた。亜弓が病院にいることは箝口令がしかれたが、さらに用心して、手術の翌々日からは都内のホテルに居を移した。そこに医師が通う形で経過をみながら亜弓は過ごした。すぐに目を開けることはできたけれど、あえて、それをしないで、暗闇のままで過ごすことは亜弓の希望だった。

初めてこのホテルのスイートルームに滞在したので部屋の作りを理解はしていなかったけれど、自分で歩数を覚えながら歩いてだいたいの作りは見えないながら理解した。置かれている家具は手で触って質感を確認しながら、感じたものをペンで絵に描いてみた。

ホテルのそばには高速道路があり、一日中車は途切れることはなかった。その音を聞き、その日の交通量を予想することは亜弓の楽しみになっていた。

「今日は動く音がゆるやか。だから渋滞ね。」

と独り言を言うと、やはりその通り、渋滞になっていた。そして、室内にいても外の天気の様子は知ることができるようになっていた。風や雨の音、そして、その日の匂いが天気によって変わっていた。めずらしく雪も降った日もあったので、亜弓は、雪は本当に「しんしん」と音を出しながら積もっていくのだと人生初めて知った。

歌子とハミルは毎日ホテルを尋ねてくるし、ばあやはほぼホテルに詰めていたので、何の不自由もなかった。

ホテルに移ってからは、毎日、ストレッチだけは欠かさずに行った。たった3日程度休んだだけでも身体がなまっているような気がして、亜弓は自分自身が許せなかった。発声練習もしたかったけれど、ホテルにいる間は周りの迷惑も考えてやめておいた。

2週間が過ぎ、目の包帯が取る日がやってきた。ゆっくりと目をあけると、やはり亜弓の直感は間違っていなかったと確信した。思ったよりも見えない。そして、すべてが白々とまぶしく輝いている。

「眼筋はゆっくりと強くしていきましょう。」

と医師は言ったが、そういうものではないと亜弓は思った。言葉にはしなかったが、紅天女は遠くなったような気がした。ただ、亜弓の心は不思議と穏やかで、静かに微笑みながら、医師に礼を告げた。

「いろいろわがまま申しましたが、おかげさまで。先生本当にありがとうございます。光が戻るって本当にいいですね。これで毎日の経過観察は、少し間隔をあけても大丈夫かしら?」

「はい。なにかちょっとでも気になることがあればいつでも連絡いただきたいですが、次は2週間後くらいでよいと思います。」

医師が丁寧に答えると、歌子もハミルもほっとしたような表情を見せた。

「トレビアン!」

ハミルは思わず口にした。亜弓はハミルに向かって微笑み、

「メルシー」

と答えた。そして歌子に向かい

「ママ。少し外の空気を吸いたいわ。このままここを引き払って、軽井沢に行けないかしら?理事長に許可が必要かしら?」

「大丈夫よ。理事長にも月影先生にも、こちらか、軽井沢か山中湖の別荘のどちらかでひと月を過ごすと伝えてあるから。タイミングは亜弓が決めなさい。」

「ありがとう。ならばこのまま軽井沢へ。雪があるでしょうけれど、そのまま、軽井沢に行きたいわ。」

「オッケー、アユミ。僕が運転しようか?」

「だめよ、ハミルさん。ハミルさん、軽井沢いらしてもいいけれど、同じ車だと人目に付くわ。1か月、紅天女候補は消えていなければいけないから。目立つことは良くないわ。」

「ねえ。ママ。車の手配、すぐに出来るかしら。」

軽井沢での亜弓は温泉に入ったり、薄暗くなってからばあやと散歩したり、ちょっとした変装をして食品を買いに行き料理をして過ごした。亜弓は実は料理は苦手で、料理をするとキッチンはぐちゃぐちゃになっていた。料理本を見れば作れなくはないけれど、とにかく手順も悪く、片付けが苦手だった。数回作ってみたもののあまり変わり映えはしなかった。

「味は悪くないけれど、これではお嫁には行けないわね。」

と歌子が茶化すとばあやまで加わった。

「ばあやがお伝えしてこなかったのが悪かったのでしょうか?」

亜弓は珍しく口を尖がらせながら、

「そんなことないわ、ばあや。ちがうわっ!だって、今まで料理する機会もなかったし、慣れでしょ、慣れ。慣れていないだけでしょう?やればできるはずよ。」

「そうね。あなたはそうやって努力を積み重ねてきている人だから。できるわ。きっと。今できていなくてもできるようになる人よ。今まで手にしてきたものもすべてそうだったわよね。わが娘ながら尊敬するわ。」

「ママ…。」

「でもこの料理だけはいただけないわ!味はまだしも。ほら、お肉もきちんとカットされていないし、お野菜も形がバラバラよ!落ち着いたら、練習なさいな。」

と歌子は笑いながら、ハミルの顔を見た。ハミルは笑ってうんうんとうなずいた。

軽井沢最後の夜はこうやって穏やかに過ぎた。明日は、亜弓も東京に戻る。目は思ったより悪くはないけれど、これは本当に限定的だなと軽井沢に来てからも日々思っていた。正直言うと、また視力を失う日はやってくるのだと感じていた。

「紅天女はあの子に渡したくない。でもわたくしの目はすぐに耐えられなくなりそう。あの子はこのひと月どう過ごしたのかしら。なぜかしら?あの子に会いたいわ。マヤ…。」

おことわり~

亜弓は原作では料理が得意という設定ですが、あえて、ぼくのSSでは下手ということにしました。亜弓ファンのみなさま、ごめんなさい!!

亜弓さんの名誉のために、矛盾リストに加えました。



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