ガラスの仮面SS【梅静024】 第2章 縮まらない距離 (4) 1984年冬

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「うわぁ~、本当に海のそばなのですね。すごい、すごい!こっち側に来るの初めてだから新鮮。東京タワーがあんなふうに見えるなんて、不思議~。あ、あっ、ああ、シアターXはどのあたりになるんですか?」

マヤは、ダイト・オーシャン・シアターの前で何かを振り払うかのようにわざとはしゃいで見せた。

「東京タワーのちょっと手前くらいの位置になるかしらね。でも、残念なことに、あそこはもう使えないわ。マヤさん、ボヤがあったことはもちろんご存知よね。」

水城が神妙な面持ちで答えた。

「はい。そう、聞いています。その後は現場までは見に行っていないので、どういう状況なのか、想像もできないです…。」

「そうよね。見に行く必要はないわ。とにかく、シアターXは試演には使えない。その結果だけで十分よ。それ以上はもう気にしなくてもいいわ。ただね、一つだけ、そう、さっきお約束した、マネージャーとして伝えますけれど、油断はダメよ。」

「油断?」

「ええ。油断はダメ。詳しいことまでは知る必要はないけれど、誰かが、火をつけたという事実があるから、ボヤが起きているの。どうして火をつけたかはわからないわ。でも誰かが火をつけた。どういう想いがあったのかもわからない。でも事実はシアターXが使えなくなったということが残っている。」

「…」

「ボヤが紅天女に関わるものだったら、当然、マヤさん、あなたも、気をつけなければならないということよ。だから油断はダメなの。油断しないために、私がいるのよ。そこを忘れないで。」

「ハイ…。よくわからないです、正直言うと。でも、誰がそんなひどいことを…。そこはなんとなく気になります。何かあってボヤになって、シアターXは使えない。そして、ここ、オーシャン・シアターで試演が行われることになっていることはわかりました。ここで私の紅天女ができるように、そのために、油断しないということですよね?そして、水城さんが私を助けてくれる。そういうことですよね?」

「そうだよ、マヤ。ここで、マヤがずっと願ってきている紅天女になるんだよ。そのために、水城さんも、私もいるよ。今は、誰が犯人かということはどうでもいいことなんだよ。」

と麗が言い添えた。

「うん。わかった。今日は、ここを見ることが出来て良かったです。まだ中は入れないのですよね?」

「ええ。それはまだよ。月影先生からも、山岸理事長からも、亜弓さんとマヤさん、候補者が公平になるように取り扱いをするように厳しく言われていますから。外側を見るだけにしましょうね。亜弓さんはまだ外側もご覧になってないと思うわ。」

「あ、亜弓さんは、今、どうしているのかしら?」

「マヤさん、さっきも飛行機の中で、そう話していたわね。気になるのね。」

「はい、なぜか。とても気になります。亜弓さんが、どういった稽古をしてきているか、ということよりも、なんていうのかな、そう、亜弓さんが、どこで、何を見て、どういうひと月を過ごしてきたのか、その話を聞けるものなら聞きたい気分なのかもしれない…。」

「そうなのね。本当に、マヤさんは面白いことを言うわね。」

「そうでしょうか。」

「さあ。冬の日差しは意外と厳しいから、そろそろ、車に戻りましょう。今日は、いったん、麗さんとアパートに戻られて、その後、黒沼さんに会っていらしたらいいんじゃないかしら?もちろん、アパートでゆっくりしていてもいいと思うけれど。」

「はい。さっそく稽古できれば!」

「フフフ。今日はね、稽古はナシにしましょうよ。夜は空けておいてほしいの。ひと月がんばったご褒美を私からプレゼントしたいの。」

「え♡プレゼント?」

「ええ。麗さんと私とマヤさん。3人で出かけましょう。どこに行くかはお楽しみで。」

「うわー。うれしい~。なんだろう??ね、ね、麗!水城さんって本当にカッコイイし、素敵だし、頼れるし。うれしいよね~。」

「そうだよね。ほんとお世話になってるし、ね…。素敵だよ。」

「格好はそうねぇ、少しだけおしゃれをしてきて。ならば、まず、このまま、黒沼さんのところに行きましょう。そして、アパートまで送るわね。それから、報告もあるので、私はいったん会社に戻りますからね。そのあと、迎えの車を送るわ。それで大丈夫かしら?」

3人で車に向かって歩きながら話をした。マヤはプレゼントという言葉に喜びやや小走りになった。その後を、麗と水城が続いた。水城が麗の腰にそっと手をまわし軽く支え、麗もそれをすんなりと受け入れている様子だったことを当然マヤは気づかなかった。

「おお。北島ぁ~。ちょっと表情が引き締まったなぁ。沖縄に行っていたんだって?」

黒沼は張りのある声でマヤに呼びかけた。

「ハイ。ひと月、ご無沙汰していましたぁ!」

「何をしてきたのか、それは説明を聞くよりも、演技で見せてもらうかな。どうせ、お前のことだから、わかりやすくは説明できないだろ?ははは。」

黒沼が笑い飛ばすと、ニコニコしながら桜小路が寄ってきた。

「マヤちゃん、お帰り。元気にしていたようだね。よかったよ。」

「桜小路くん、ただいま。足は、良くなった?」

「うん。すっかり。まだ、踏ん張ったりはちょっと心もとないけれど、歩くのは普通に。松葉づえももういらない。練習は明日からってさっき聞いたけれど、明日からは、また、よろしくね。僕たちの紅天女を作っていこうよ。」

「よかったぁ。明日からはまたよろしくね。」

「ああ、マヤちゃん。」

「舞台稽古、試演の日程は、明日、また連絡があるらしいぞ。今日は、おい、みんなもいったん帰っていいぞ。うちの阿古夜さんも戻ってきたからな。また明日からビシビシ行くぞ!」

黒沼が声掛けをして、その場は解散となった。マヤは桜小路にぺこりとお辞儀をして、稽古場を去った。桜小路は去っていくマヤを目でずっと追っていた。

アパートに戻ると、麗は支度が済んでいて、マヤを急かした。着替えと軽くメイクをしていると迎えの車がやって来た。言われるままに乗り込み、向かった先は、なんと、劇団Sのドッグ・シアターだった。

「ええっ!!これ、観たかったの。すごい、すごい。でも券が取れないからってみんな諦めていたのに…。本当に水城さんはすごい。なんでわかったんだろう?ね、麗、すごいね。」

「本当だね。水城さんは本当にすごいね。敵わないよ…。」

麗が余韻を残しながら話していることをマヤは気づかなかった。そこに、水城がやってきて、二人に声をかけた。

「さあ。行きましょう。もう開場しているわ。今日は純粋に話題のミュージカルを楽しみましょう。」

シアター内は目を輝かせている観客でいっぱいだった。マヤを「あっ」と言いながら振り返る観客もいたが、水城が、軽く会釈をして足早に進んだ。

「席は3人一緒にはならなかったの。さすがにそこまでは手配できなかったけれど、許してね。私と麗さんが一緒にこちらに座るので、マヤさんはあちらでいいかしら。同じような距離でステージに近いわ。あまり目立たないようにね。始まったらもう大丈夫だけれど、それまでは気を付けてね。」

水城と麗が座る席から少しだけ離れて、マヤは一人で座って開演を待つことにした。どんなステージなのだろう。マヤのワクワクは止まらなかった。

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