ガラスの仮面SS【梅静035】 第2章 縮まらない距離 (15) 1984年冬

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「一蓮が書きたかったことを書ける人を育てたいのです。一蓮の想いはもう誰も知ることはありませんが、紅天女を学んでもらって、そこから新たな話を書ける人物を育成したい。そして、それを演じる役者も育てたい。姫川亜弓と北島マヤにも力は借りますが、その次にもつないでいきたい。永遠にしていきたい。」

「それをわしに頼むのか?わしが尾崎を壊し、お前の美貌を奪ったんだぞ。そして、お前は俺を恨み続けているんだぞ。」

「ええ。会長のされたことは許せません。それは変りません。しかし、時が、今まで生きてきた時と残された時が私を変えました。想いはそのまま。しかし、熱量は減りました。私にとって今一番重要なことは、一蓮の紅天女を残し、そして、彼が投じた一石を残して大きくしていくこと。」

「お前の口からその言葉が出る日が来るとはな。日本のシェイクスピアか。」

「そうじゃよ。速水会長。これから語り継がれていくものを目指すのじゃ。」

やっと理事長が口をはさむことができた。

「おい、千草。なぜ、わし、個人での出資なんだ?大都ではなく?」

「会長、あなたが尾崎になさったことを考えれば、それは大都ではなく、会長個人で向かい合うことが良いのではないかしら?大都の名前を出すと、紅天女がまた違った目でみられるでしょう。会長個人の資本で委員会を助けるほうが良いのではないかしら。それに、ふふふ、会長が私と尾崎になさったことを許すきっかけにもなるでしょう。そのきっかけをくださいな。ふふふ。」

「正直に金を動かしやすいだろうと判断したと言え。はっはっはっ。お前は本当に男に生まれればよかった女だ。策士だ。その美しさと頭脳。俺はいまでも尾崎には出きすぎでもったいないという気持ちは変っておらんぞ。もったいない。あんなへなへな男にお前は。俺は尾崎が嫌いだった。心底嫌いだった。あいつの才能は認めざるをえないが、男としての尾崎は嫌いだった。今、生きていたとしても嫌いだったと思うぞ。どうだ、これが俺の本心だぞ。それでも協力を願い出るか?千草。」

「ええ。そんなこと知ってますわ。そして、今、私がお願いしていることも失礼だということもわかっていますわ。でも、会長にその想いがあるならなおさら、尾崎以上のものを作り出すためにも、会長に一役買っていただきたいわ。会長が一蓮を嫌いなことは百も承知です。私は、一蓮のだめなところを愛したんです。」

「ふんっ。開き直って、長年の恩讐を越えるということか。お前の度胸に負けるよ。お前には勝てない。千草、いくらだ?これくらいか?」

と言いながら、英介は指を3本たてて示した。

「ええ。最低でも。余裕おありならばもっと。」

と言って、また笑顔を英介に向けた。

「おい、真澄。お前はどう思うんだ?」

「月影さんの相談内容は今初めて聞きました。大都として食い込めれば願ったりかなったりですが、今はその段階ではありません。しかし、お父さんが個人として尽力いただくことは、大都にとってはプラスです。お父さんになにかあったときにも相続で持って行かれるよりはずっと良いでしょう?」

「カタブツめ。お前はいつもそうやって計算ずくだな。」

「お父さんに言われたくないですよ。では決まりでよいでしょうか。」

真澄がそつなく話を進める。

「わかった。取り急ぎ、1億はすぐに用立てる。」

と英介は答えた。

「おい。真澄。大都として、わしの紅天女コレクションを収納するにふさわしい場所を用意しろ。いくつか候補をあげてみろ。あの根津のあたりもいいし、乃木坂のあそこも少し手を加えれば、すぐに、委員会の本部を設置して、衣装や道具を保存できるだろう。いいか、真澄。それで、この家からすべて持ち出す。そこを保存委員会のものにすればいいだろう?」

「ええ。その通りですわ。ありがとうございます。それでは。」

と千草が立ち上がったので、すかさず英介が制した。

「もう少し、少しだけ、いいだろう?候補者二人のことも聞いてみたいんだ。演出家についても。小野寺と黒沼。どういった演出をしてくるんだ?考えると、心が躍るんだ。なあ、1時間だけでもいいだろう?俺も演劇は好きなんだぞ。金儲けだけではないんだ。」

と珍しく英介が口をとがらせて、すねて見せた。千草はふっとチカラをぬいたほほえみを浮かべて答えた。

「手短にお願いします。今日はいろいろ疲れましたから。そして今ひとつ、大切な任務をおえた気分ですわ。」

英介はいつになくうれしそうにしていた。

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