ガラスの仮面SS【梅静036】 第2章 縮まらない距離 (16) 1984年冬

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「源造、今日は疲れたわ。こんな贅沢な部屋、甘えてしまっていると思ったけれども、今日はここで良かったわ。」

「はい。奥さま。ゆっくりとお休みくださいませ。今日は、まさかの速水会長とのお顔合わせでお疲れになったでしょう。お食事はどうなさいましょう?少しでも召し上がらないと障りますよ。」

千草は速水邸を出た後に、赤坂のホテル向かった。そこのスイートルームでゆったりとソファーに身をゆだねていた。

「そうね。ルームサービスにしようかしらね。これも結局のところは、あの大都に費用を負担していただいているんでしょうけれどね。決まるまで、そして、存続していく形に持って行けるまで、私は死ぬことはできない。だから、甘えさせてもらうわ。」

「左様でございますね。それにして、大都の若社長は会長とはまた違った温度で紅天女に向かい合っておられますね。両方とも熱心であることは同じですけれど。」

「そうね。血のつながりのない親子だけれど同じだわ。」

ふぅっと深呼吸をして、千草は続けた。

「ねえ、源造。今日のマヤの顔、きれいだったわね。今までにない艶がでてきている。沖縄でなにかあったのね。きっと一皮も二皮もむけてきているわ。あの二人、真澄さんとやっとお互い確認できたのではないかしらね。真澄さんも不器用よね。だからよけいに、彼も紅天女への想いが強くなってきているのよ。きっと。血がつながっていなくても親子二代で、紅天女に夢中になっているわ。速水英介も年をとった。言った通り、私の中での熱量も変わってきたわ。その中で、鷹通のこともあるし、真澄さんがこれからどうやって立ち居振る舞いするのか。そこはお手並み拝見ね。いや、彼の人としての在り方がでてくるわね。」

「はい。奥さま。僭越ながら、源造もそう感じました。それよりも奥さま。今日はほとんど召し上がっていませんから。ほら。いかがしましょう。軽いものを召し上がりませんか?」

「そうね。選んでくれる?お願いするわ。亜弓さんも見えるようになっているみたいで、安心したわ。相変わらず美しい様子で、そこにいるだけで人を魅了する。そういえば、手術のあと、このお部屋に滞在していたんですってね。亜弓さん。」

「それは存じ上げませんでした。あの方の精神力にはどなたも敵いませんね。」

「ええ。手術がうまく行って、ずっと見える状態が続くとよいのだけれど、どうなのかしらね。ここは、ひっそりと過ごすにはちょうど良いから。決定まではこちらで過ごすこととするわ。理事長との打ち合わせは源造が予定を決めておいて。あと、真澄さんとは直接話したいから、その予定も決めておいてくださいな。あと、これは、どなたにも知られたくないけれど、舞台稽古の前に、亜弓さんとだけ、二人きりで話したいの。それも頭にいれておいてくれる?」

「わかりました。奥さま。」

「お食事がくるまで、少し休むわね。」

と言って、千草は目を閉じた。

千草たちが帰ったあとの英介は上機嫌で饒舌だった。

「おい。真澄。今日はどこに泊まるんだ?」

「今日は、まだ仕事があるので、いったん会社に戻って、そのあとは、きっとホテルで。朝一番に鷹宮に寄ります。」

「婿養子に出したわけではないからな。あくまでも速水紫織だ。速水の家だぞ。わかってるだろうけれどな。」

「もちろんです。」

「なら、こっちに来てもいいだろう?そのほうが、鷹通には効くぞ。人質と同じだ。」

「そんなつもりは…。」

「何、甘いことを言っているんだ。目的があって結婚したんだ。目的を達成しないでどうする?」

「お前はハンサムだし、紫織さんも美人だ。子供をどんどん作れ。それを鷹宮に養子に入れ、養子に入れない子は、こっちを継がせればいいんだ。兄弟で鷹通と大都を握るんだ。なんなら、紫織さんが、まだ体調がすぐれないなら、外でもいいから、とにかく、鷹宮に養子に出す子をもうけろ。」

「お父さん。無茶を言いますね。紫織さんの体調はまだまだ良くなっていないのですよ。」

「ふん。それは仕方ないな。真澄、油断するな。味方を増やすことも考えろ。それはやはり肉親だ。」

「お父さんがそういうことをおっしゃるのは珍しい。肉親ですか。」

「そうだ。ビジネスでもつながって、肉親であったら言うことないだろう。」

「わかりました。心に留めておきます。先ほどの話ですが、根津、乃木坂、神楽坂のあたりでも物件がでてきているので、大都アセッツのほうで準備をします。」

「おお。千草が文句を言わないような、驚くようなものを準備してやってくれ。」

「お父さん。あの、ずっと言わないでいましたが…。本当に、愛しているんですね。月影さんを。愛している…、いや、欲しているんですね。執着だけではなく。」

「何を言うんだ。それはどうでもいいことだろう?息子に言われると、くすぐったいわ。」

「ははは。すみません。では、いったん社に戻ります。家を出て、3か月ぶりくらいですが、お元気そうなお顔を見れて良かったです。今度紫織さんもつれて来ましょう。ちょっと待っていてください。」

そう言って、真澄は速水邸を後にした。

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