ガラスの仮面SS【梅静042】 第2章 縮まらない距離 (22) 1984年冬 第2章終

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「いえ…。手術は成功していると言われました。3年、視えている確率は半々以下くらいだそうです。でも、わたくしは、もう少し早く、光を失うと感じています。根拠は、直感でしかありませんが。」

「そうなの。そうなのね。」

「ええ。先生。気にかけてくださってありがとうございます。」

「正直に伝えてくれて、ありがたいわ。そして、安心して。聞いたからと言って、貴女をひいきすることはないわ。」

「お願いします。わたくしは、マヤさんとは正々堂々と競いたい。」

「あなたたちは、ある意味、表裏一体、紅天女と一真のようね。」

「はい。いろいろ環境は異なりますが、陰陽のように。二人の王女のように。大切な人です。マヤさんは。」

「そうね。あのね。余計なことでしょうけれど。女優の先輩として。私の顔の傷はご存知でしょう。これは突然訪れたの。そして、女優としての人生は変わった。努力でカバーできることとできないことが生まれた。準備ないままこうなったの。」

「先生…。」

「これ以上は言わなくてもおわかりでしょう。亜弓さん。輝いている女優でいて。そして、先日の会見で伝えた通り、ずっと、貴女には紅天女にかかわっていただくわ。貴女のあとに続く方の手本になりなさい。それは貴女の役割よ。」

「はい。先生。今日はお話しできて、うれしい。うれしいです。」

「舞台稽古と試演。全力を尽くしてね。そうそう、あとになったけれど、たまたま、マヤはあのファンの方からのご厚意で、このホテルに滞在しているわ。なかなか偶然に会ったりはしないものね。ただ、貴女だけに個別の時間を持ったとなると、貴女も気になるかもしれないから、ちゃんとお伝えしておくわ。昨日、こちらに呼んで少しだけ話をしたわ。」

「まあ。そうだったのですか。マヤさんとは、会見のあと、一緒にお話しをしたのです。そして、次に会うのは結果の日ね、と。」

「ええ。そうなんですってね。マヤ、あの子、腹が据わっていましたよ。亜弓さん、貴女と同じように。舞台稽古も、試演も、私は楽しみにしていますからね。」

舞台稽古は小野寺組、黒沼組、ともにスムーズに進んだ。持ち込む小道具もお互いめどがつき、試演まではともに微調整でいけるだろうという見解だった。警備上のトラブルもなく、今までの長い道のりがまるで嘘のようなスムーズさだった。

舞台稽古後、亜弓もマヤも調子をあげ、万全で試演に向かっていった。

いよいよ2日後が試演という日、稽古を終えて、ホテルの部屋に戻ると、部屋には紫のバラとメッセージが届いていた。

「試演が楽しみです。どこかで必ず見守っています。」

と書かれていた。と同時に、部屋の電話が鳴った。フロントからだった。

「聖さまというお客様がご訪問されていますが、いかがなさいましょうか。」

マヤは、慌てふためいて、

「は、は、はい。」

と答え、麗に「ねぇねぇ、お客さんが来た。来た。」と焦って呼びかけると、フロントが、

「バーでお待ちするとのことです。」

と言った。麗と一緒にバーに向かうと、聖が笑顔で迎えた。

「こんにちは。お手間は取らせません。いよいよ試演ですね。今のお気持ちを、あなたのファンの方に、お聞かせいただくことができますでしょうか。」

「はい。今は、高ぶりもあるのですが、とても静かな気持ちなのです。不思議ですけれど。やっとここまで来ているという想いは正直あります。お芝居をすることができるようになってから、色々なことがあって、試演の日をもうすぐ迎える。何回も舞台に立てない、劇もできない、ということがあったのに…。」

マヤは続ける。

「たぶん、この話を聴いてくれるファンの方は、ダイト・オーシャン・シアターに行かれたことあるかもしれませんが、とても素敵なところです。客席がすぐそばにあって、そこで演じることができるなんて夢のよう。はじめに決まったところから場所は違うけれど、機会は与えられていて、感謝感謝です。」

「そして、今も、あたしのことを想って、安心して専念できる環境を作ってもらえています。これを受け取るだけじゃなくて、少しずつ、あたしも恩返しをしていきたい。そういう気持ちです。それにはまず、試演で悔いがないよう、演じていきます。それがあたしのできること。そこに向かってはとても静かな、そう、静かな海のような気持ちです。」

聖はうんうんとうなずいて、

「ありがとうございます。きっとこれは良い喜ばれる記事になりますよ。がんばってくださいね。」

と深々と会釈をした。

試演日が近づくにつれ、マヤも亜弓も落ち着きを深めていったが、周囲がどんどん加熱して行った。スタジオ入りもホテル周辺にもマスコミやファンが張り付くようになった。移動の際は、おっかけが着くようになってきたので、水城は念には念をおして、マヤがそのまま決定会見までホテルに滞在するように手配をした。

その準備もあってか、試演当日はつつがなく進行した。翌日のスポーツ新聞は試演の話題がトップであった。主演に関しては、どちらの阿古夜が良いのか、という論争は、芸能能力の差ではなく、好き嫌いでしか決めえなかった。よって、各紙がその担当記者の色を強く出した記事を書いた。

一方、保存委員会の存在に否定的な意見もあった。両者が関わり続けるのであれば、もう試演などやる必要なく、順番に紅天女をやればいいだけではないか、という意図だ。試演までやったのだから、どちらかに決めるべきだ、というものでもあった。それは、あくまでも外野の意見ではあるが、誹謗の芽を含んでいることには変わりないので、役者に対しての警備の手は緩めることはできなかった。

週刊スター・スパークの澤田は、どちらが良いか、どちらに決まるか、という下馬評よりも、先日の会見で、紅天女保存委員会設立の方向性に向かうと発表したことを称賛した。それだけ、紅天女はさまざまな顔を持っており、生き物のように発展させていくドラマである、という主旨であった。

前回の月影千草の紅天女を観た層には、新しい紅天女がどのように映るか、不安がゼロとは言えないが、可能性に賭ける姿勢が好ましく、日本の芸能界として支援をしていくべきであると、他社とは異なる方向性でまとめていた。

そして、澤田は、シアターXのボヤに関しても忘れずに書いていた。許されない行為であり、全芸能に対しての挑戦であると。もちろん、あわせて、ダイト・オーシャン・シアターに関しても上手な紹介記事も書いていた。

澤田はそれをデスクに出す前にまず真澄に送ってきた。記事に目を通しながら、行かなかった試演を想っていた。もちろん万難を排して行くつもりであったが、紫織さんが一緒に行きたいと強く言ってきたので、行くことを止めた。申し訳ないが、紫織さんを連れて行くことは気乗りしなかった。

紫織はまだマヤと自分の遺恨の所為で、紅天女がマヤに決まると、大都にとって大きな損失となると信じ込んでいる。たんにそれはマヤに対する敵意の表れであることは、真澄はわかっているが、それを表だって修正することも、またマヤを防御することはできない。物理的に紫織を紅天女関連に近づけることはとてもではないができない。ある意味八方ふさがりだ。

「これが結婚か。」

とやや自嘲的に呟いて、記事を机に戻した。

(第2章終わり)

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