ガラスの仮面SS【梅静028】 第2章 縮まらない距離 (8) 1984年冬

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「おお~。立派なもんだな。大したもんだ。大都ってところはほんと金があるんだな。これをひと月で建てちゃったのか。あの若社長さんもやるもんだな。」

黒沼は迎えの車から降りて、ダイト・オーシャン・シアターを目の前にして、ことのほか大きな声で驚いた様子を示した。稽古場から、マヤ、桜小路、黒沼と一緒に記者会見の場所にやってきた。

「中に入ってみないとわからないけれど、ずい分立派で、シアターXより使いやすい気がしますね。もちろん、その分、演技をしっかり見られるということになりますね。身が引き締まる思いがする…。」

桜小路らしい感想をぽろっともらした。それとほぼ同時に、小野寺がタクシーで到着し、赤目が続いた。

「おー、お久しぶり。三人そろってお出ましですか。」

と小野寺がやや茶化したように黒沼に声をかけた。黒沼は「ふんっ」と鼻をならして、軽く会釈で答えた。

続々と記者関係者が集まってきた。用意した席はもうほとんどなくなっていたが、まだ、受付を終わらせていない関係者がロビーにあふれていた。

指定した時間になると、山岸理事長、月影千草、そして、速水真澄がまず入場し、小野寺、赤目、亜弓、黒沼、桜小路、マヤが続いた。9人が壇上にあがった。

進行役が簡単に挨拶を述べた後、会見の内容を説明した。日程を発表する前に、山岸理事長、月影千草からの話があるという。その上で日程が山岸理事長より述べられ、真澄も説明を加えるという。最後に、それぞれの候補者の話があった上での質疑応答というスケジュールだ。

山岸理事長はいつになく厳しい表情で話始めた。

「まずは、ご存知でしょうが、シアターXがボヤで使えなくなったことに関し、あらためて協会理事長として、お詫び申し上げるとともに、経過を説明させていただく。」
深く深呼吸をしながら続けた。

「ボヤは自然な不可抗力によるものではなく、人為的なものであると判断した。しかし、その背景になにがあるのか、それは不明である。本来ならば被害届を出すべきものであるかもしれんが、協会はその道を選ばなかった。その、理由としては、物的被害はあるものの、負傷者もおらず、近隣への迷惑もほとんどなかったからである。そして、ある条件のもと、シアターXの所有者である株式会社レイルウェイとの円満な解決に至ったからである。その条件とは、本来の賃貸期間である3か月分の賃料を支払った上で、ボヤによってもたらされた廃材処理費用を実費で負担し、賃貸期間よりひと月早い先月末にシアターXを返却するということである。実際に、支払いも、返却も既に完了しておる。その手続きのなか、株式会社レイルウェイには善処いただき感謝の念でいっぱいである。株式会社レイルウェイが紅天女を支援してくれているおかげである。」

ここまで山岸理事長は一気に声明を出した。記者たちは、ボヤが意図的なものであることに対して、ざわついていた。その様子をぐるっと鋭い眼光で見回したあと、また続けた。

「ただし、このボヤが人為的なものであるということは大変重く受け止めている。月影氏からも続いて話はあるが、単に、上演権を誰に譲るか、という問題だけでは、紅天女を守ることが難しいのではないか、ということがこのボヤのおかげでクローズアップされることになった。誰に譲るのか、だけではなく、どうやって、継承していくのか、ということを考えるに至ることになった。皮肉な話ではあるが、今まで気づかなかった点をボヤによって気づかされ、その、あえて悪意と言うが、悪意によって、より、強固に紅天女を守ることに着目するようになった。」

多少の沈黙のあと、山岸理事長は続けた。

「そこで、紅天女を所有している月影氏、そして、ここ、ダイト・オーシャン・シアターを所有する大都芸能のグループ会社である大都アセッツの社長である速水真澄氏とも協議を繰り返した。誤解のないように先に述べるが、この協議をもって、紅天女の上演権がすぐさま大都芸能の手に渡るということを意味しているわけでないことを御承知いただきたい。これも後に速水氏から説明があるが、ここを使わせてもらう関係もあるからであって、他意はない。」

余計な勘繰りや質問を避けるべく構成された声明文を理事長は続ける。

「今回、いずれかの候補者に上演権のすべてを譲ることは月影氏の当初の希望であったが、現状を鑑み、協議をした上で、ある結論に至った。月影氏から、第三者に紅天女の上演権を譲る意思はまったく変わっていない。しかし、上演権という漠然としたカタチで譲るという表現では、今回のボヤのように人為的なことに対面した時に、どうしても弱い部分があるのではないかという疑問もでてきた。悪意が重なるとき、その都度、譲られた人間が立ち向かうのも無駄な労力である。下手すると、紅天女が消えてしまうかもしれない。そこで、紅天女のともしびが消えないように、未来永劫受け継がれていくカタチで次世代に残すことができる道を探すことになった。」

そこまで、一気に話した上で、山岸理事長は、千草に振り返り、促した。

「私が紅天女と出会ってもう30年以上たちます。原作者である尾崎一蓮から預かったこの紅天女を残していくことを考えて、国中を探して、二人の候補者を選びましたわ。そして、いずれかに上演権を渡す。そう、それができないことには、死んでも死にきれない。その想いでここまで生きてまいりました…。」

往年の名女優らしい澄んだ、しかし、張りのある声で千草は続ける。

「ここまでの道は決してたやすいものではありませんでした。みな様の心にある紅天女がなにか訴えるものがあったのでしょう。さまざまな人の想いが交差し、思わぬ支援も、そして、思わぬ妨害も受けてまいりました。それが重なるということは、ここで、亜弓さん、マヤさん、いずれかに上演権を譲り渡しても、それだけでは、またわたくしがした苦労をすることになるのではないかと痛感いたしました。そこで…。」

すぅっと息をのんで、吐ききってから千草は言った。

「紅天女保存協会を立ち上げることにいたしました。」

すっと顔をあげた千草にカメラのフラッシュが多く向けられた。その数も多く、音も大きく、しばしの間、千草は顔をあげ、やさしいが、しっかりとした意思を持った瞳でカメラを見つめていた。

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