マヤの提案した影&逆は思いのほかスムーズに進み、マヤにも桜小路にも発見を与えたようだった。その日の稽古は、影&逆、そして、全体の通しを流して終えた。
終わる頃に、麗と水城がマヤを迎えにやってきた。「麗、水城さんに連絡してくれたの!」とマヤは好意的にとらえ、そのまま、3人で紫のバラの人がプレゼントしてくれた宿泊券のホテルに向かった。
「お疲れさま、マヤさん。体調も含めて、今日は大丈夫だった?」
水城が車の中で口火を切った。マヤは笑顔で答えた。
「ハイ。無理なく楽しく過ごすことが出来ました。桜小路くんとも、少し時間をもらって話すこともできたのでよかったです。全体的な稽古も思っている以上に息を合わせることができたという気がします。もっと、なんていうかな、息が合わないかな、と思ったりもして心配したけれど。」
「そうなのね。よかったわね。舞台稽古、試演まで、集中ね。」
「よかったよね、マヤ。ホテルなら、スタジオまでも遠くないし、楽に過ごして、芝居だけに集中していこうね。」
と麗も笑顔で言った。
「あのね、マヤさん。このあなたのファンの方からのプレゼント。こちらのホテル、今、月影先生も滞在されているのよ。もちろん秘密で滞在されているのよ。偶然ね。顔を合わせることはないと思うけれど、一応伝えておくわね。」
「そうなのですか!!うゎぁ、先生のおそばに居られるなんて。紫のバラの人おかげだわ!!もう張り切ってがんばらなきゃ!!」
麗も水城もマヤの反応に顔を見合わせて声を出して笑った。
「本当に月影先生が好きなのね。一応、マヤさんと麗さんが滞在されていることだけは伝えておきますね。会うことはないと思うけれど。」
マヤが乗った車を見送って、黒沼と桜小路は二人で話を始めた。
「今日の面白いアイデアだったな。どうだ?何か見えただろ?お前の表情が途中から変ったぞ。」
黒沼の問いかけに、桜小路が答えた。
「はい。阿古夜の視点で見ようとすることで、あらためて、自分の一真を見つめることができるような感覚です。これ、一日30分で良いので、続けてみたいです。良いですか?」
「やってみろ。お前も、変ってきたな。桜小路、お前、いい役者になれ。さまざまな想いを全部お前のものにしろ。俺はそういうお前を見ていきたい。」
「…」
「赤目も前は違ったんだ。演劇が一番だったんだよ。でも、立場にこだわりだして変った。人を操ろうとし始めた。それが役者に必要か?」
ちょっとの沈黙のあと、黒沼が言った。
「悪い、ちょっとムキになったな。悪い、悪い。お前、今、本当にいい顔しているぞ。迷いもあるだろうけれど、その迷いも、不安も、そして、落胆もお前の全部チカラになるぞ。無駄はないと思え。特に人をムダと切り捨てたりするな。そして、いい役者になれ。桜小路、お前のあとに人が続く役者になれ。」
「黒沼さん。ありがとうございます。まず、今は試演まで、そこに集中していきます。」
舞台稽古の前日、亜弓は千草に呼ばれて、千草の滞在するホテルの部屋を訪れた。
「舞台稽古の間際にごめんなさいね。わざわざ御足労、ありがとう。」
千草は丁寧に亜弓を迎え入れた。
「いえ、先生にお目にかかることができるのですもの。願ってもいないことですわ。」
ふふふと千草は微笑んで、話し始めた。
「さっそくだけれど、亜弓さん、単刀直入に聞くわね。正直に教えて。」
「月影先生。まあ、なんでしょう。どきどきしちゃう。先生、こちらのお部屋。わたくしも滞在しました。ちょっと前のことなのに何か懐かしい気持ちがしますわ。耳を澄まして、雪が降る音を聞きましたの。雨の音も表情が色々ありますのね。見えないことで、視えたものがありましたわ。先生。」
「そう。亜弓さんのことだから、目を布で覆われても何か掴み取るだろうということはわかっているわ。本当にあなたの努力には頭が下がります。」
「そんな。先生に褒めて頂けるなんて。どうしましょう。うれしくもあり、照れてしまう。」
「本当に思っているのよ。亜弓さん。貴女は血筋の良さだけでなく、努力をしているわ。時に無理をし過ぎてしまっているのではないか心配なくらいよ。」
「いえ。先生。努力はし過ぎてしすぎることはないですから。」
「貴女らしいわ。さて。単刀直入の話ね。」
「はい…。」
「手術の予後はいかが?医師の話と、そして、亜弓さん自身の感触。直感でもいいわ。腹を割って話してみない?もちろん、その、状況によって、紅天女をどちらにするか決めるものではないわ。私の大切な後継者の一人として、貴女の状態が気になっているの。」
「先生…。」
「私が一人の女優として、そして、ずっと貴女とのかかわりが続いている個人として、知りたいの。もちろん、亜弓さんの視力に万が一の期限があるならば、世界中を探し出ても治療を含め、それをどうしていくか、そして、その後をどうしていくか。同じ紅天女に関わる者としても…。」
「先生。あの、ご迷惑はかけるつもりはありませんの。それは誓います。」
「何をおっしゃるの?そんなことは分かっていますよ。姫川亜弓はそんなことしませんよ。」
「…」
「あのね、こんなことを言うのも変だし、むしろ、貴女の努力と美しさとそして血筋の良さには失礼だとは思うけれど、私と、昔の私と貴女が重なることがあるのよ。目標に向かうことに対して、自分自身を犠牲にすることをいとわない。損な道なりでもいとわない。」
「…」
「答えたくないの?亜弓さん…。」
次回、第2章最終回。紅天女の決定は第3章のはじめに!!!
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