ガラスの仮面SS【梅静031】 第2章 縮まらない距離 (11) 1984年冬

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難しい話もあり、はっきりと頭の整理ができていないこともあってか、話が終わったあとのマヤはぼーっとしていた。とにかく、試演で悔いのない演技をすることだけを考えるほかないということはわかっているのだけれど、それ以外のスケジュールやその先のことがピンとこない。イメージができない。なんだろう、疲れているのかな、と思いながらも、深呼吸して、これから舞台稽古までの流れを確認しなければ、と思った。

「マヤちゃん、大丈夫?熱でもあるのかな?ちょっと顔が赤いように見えるよ。」

桜小路が心配して声をかけてきた。

「うん。理事長のお話、ちょっと難しくって。あとでスケジュール確認させてもらえると助かる。ありがとう、桜小路くん。」

「うん。あとで確認しよう。そして、小道具や演出のことも含めて、黒沼さんとも最終的な話し合いをしていかないといけないよね。みんなとも同じ気持ちで舞台にあがりたいしね。それで、マヤちゃん。ずっと想い続けてきた紅天女をマヤちゃんの手にしていこうね。僕は一真になる。」

「その意気込みだ。桜小路。北島もついて来いよ。今日はここで解散しよう。タクシーを呼んでくれるそうだから、それぞれ、乗っていきたいところまで乗っていけ。ありがたく乗せてもらえ!」

と言って黒沼は笑った。

「じゃあ、マヤちゃん、どうする?一緒に銀座くらいまで行く?」

と桜小路が声をかけると、同時に亜弓が寄ってきて、満面の笑みで言った。

「マヤさん、よかったらこの後一緒に二人でお話しできないかしら?久しぶりでしょう?それに次にゆっくりお目にかかれるのはきっと決定の時よ。その時は、わたくしが冷静にお話しできる自信がないわ。ふふっ。ひとつしかないものを争うライバルだけれども、マヤさんとわたくしだからわかりあえることもあると思うの。」

「桜小路くん、ごめんなさいね。今日はマヤさんをお借りしたいの。しばらく、そう、ひと月も会えなくておさびしかったでしょうけれど、今日は、あと少し我慢なさって。きっと明日から試演までは毎日べったりでしょう?ほほほ。」

亜弓がいつになく上機嫌で桜小路にも話をしたので、桜小路は嫌とは言えなかった。マヤもきょろきょろして、桜小路と黒沼の両方を交互に見つめて、ふたりがうんうんとうなずくのを確認して

「ありがとう。亜弓さん。私もずっと亜弓さんに会いたかったの…。なんでだろう、って考えてもわからなかったけれど、今日、二人でお話しできるなら、それは願ってもないことです。ありがとう。」

と言いながらお辞儀をした。

二人は亜弓の車に乗り込んだ。

「二人きりになったら話始めましょうね。運転手はもちろんうちの者だから、口は堅いのですけれどね、いらぬ誤解を受けないためにも、ね…。」

と言いながら、亜弓が軽くウィンクをした。マヤはその亜弓の美しさに思わず見とれてしまった。

道は空いていたので、あっという間に、銀座を超え、皇居の前のホテルに車は滑り込んだ。

「迎えは、そうね、3時間後にお願いしますね。」

と亜弓は運転手に言い、車を帰らせた。

「さあ、行きましょう。マヤさん。」

とマヤの背中に軽く手を添えながら、慣れた様子でホテルに入っていった。

ホテルスタッフは軽く会釈をして、亜弓をダイニングにある個室に案内した。

「こちらでよろしいでしょうか。お食事でも、軽食でも、お飲み物だけでもご用意できます。姫川さま。」

と責任者のように見えるホテルスタッフが亜弓に伝えた。

「そうね。マヤさん、甘いモノお好きよね?」

「ええ。大好き!」

「でしょう。では、そうね、おすすめのケーキにアイスクリームを添えてくださる?そして、お茶をいただこうかしら。お茶は、ジャスミンでお願いしますわ。マヤさんも同じもので大丈夫かしら?」

「え?じゃ、じゃ、ジャスミン?日本茶ですか?あとは、紅茶しか、知らないので…。」

「では、わたくしに任せて。ジャスミンでお願いします。あ、あとは、スパークリング・ウォーターもお願いします。ライムは結構ですわ。」

かしこまりました、とそのホテルスタッフが言い終わる前に亜弓が続けた。

「あの、くれぐれも内密に。人払いもお願いいたしますね。先ほどお電話で申しあげたとおり。それが大切なのでこちらをあけていただいたので。」

「もちろんです。かしこまりました。」

とホテルスタッフは背筋を伸ばして、静かな歩調で部屋を出た。

「マヤさん、ここはケーキもお茶もおいしいの。楽しみにしていて。そして、ごめんなさいね…。わたくし、少し、ズルをしたわ。まず、それを謝りたいの。」

「はぁ?亜弓さんが、ズル?」

「ええ。わたくし、貴女に謝らなければ…。ケーキが運ばれてきて、人払いできたら、お話しするわ。」

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