ガラスの仮面SS【梅静030】 第2章 縮まらない距離 (10) 1984年冬

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会見の後、小野寺、赤目、亜弓、黒沼、桜小路、マヤは別室に残った。山岸理事長、千草から話があるということだった。

「こんなきれいな場所で演じることができるなら、シアターXよりも安全で気分も良いな。紆余曲折あっても、もうすぐ決まるってことだろう。はっはっはっ。」

待機時間の沈黙を破ったのは小野寺だった。その不遜な態度に誰一人として応答するものはなかった。誰も応答しない意味を小野寺も感じとり、その後は何も話さなかった。しばらくして、山岸理事長、千草が入ってきた。二人は軽く一礼し、山岸がたんたんと話始めた。

「色々、面白くないで出来事もあったここ1か月であったが、先ほど、発表した通りのスケジュールで進めることになった。当初の予定が狂ってご迷惑をおかけしたことと思うが、あと一息、紅天女のためにご尽力いただきたい。よろしいかの?」

と全員を見回すと、もちろん異論を唱える者はなく、皆、黙ってうなずいた。

「まず、舞台稽古に関しては、午前に小野寺グループ、午後に黒沼グループ。試演はその逆の順番で行うこととする。舞台小道具、照明等の設置に関しては最小限にしていただきたい。本来の演出にならないだろうが、演劇の本質で判断したいということと、前回のボヤ騒ぎがあったことで、決定までの過程をこれ以上乱すことがないように、という判断からである。」

「……」

誰一人として言葉をはさむ者はいない。

「どちらかを疑うわけではないが、今後、疑わないためにも、必要最小限で試演までは行うこととする。持ち込む小道具などは、明後日、理事会の担当者と調整し、当日は、それ以外の物は持ち込まないこととする。設定にかかる時間を1時間までとするので、それ以上かかる設置物は持ち込めない。それでお願いしたい。よろしいな。」

「大げさですな。まあ、うちは、小道具はもともとあまりないから構いませんよ。」

黒沼ははっきりと意見を言った。小野寺はしぶしぶと、

「承知せざるを得ないですな。」

と言った。両者の返事を聞き終え、理事長は続けた。

「会見で言った通り、選ばれたグループに第1期は演じていただく。しかし…」

一同はぐっと息をのんだ。

「第2期以降は、そのグループのまま続けるかどうかはわからん。流動的だ。保存協会での協議が最優先する。ここまで長い時間をかけて皆が想いを寄せてきているが、シアターXボヤ事件という横やりは、月影さんとわしの考えを改めるに十分だった。そして…」

と言い、亜弓とマヤを交互に見ながら続けた。

「主演が、決定しても、申し訳ないが、第1期のみは確約できるが、それ以降は、主演がかわることもあることをお二人には知っていていただきたい。これは決定じゃ。そこは、月影さんも譲らない。紅天女を残し、末永く続けることを最優先する。いずれかに権利をすべて譲ってしまうと、また同じ問題が発生するだろう。悪質なものに邪魔はさせん。」

「これはここだけの話にとどめておいて欲しいが、ボヤ騒ぎ。何がそうさせたか、そこまでわかっているんじゃ。公表はしないがの。もう、たくさんじゃ。そのような悪意を向けられることは。今後一切そのようなことがないように、また、万が一、起こった時に、強い力で毅然と向き合うことができるようにする。」

「そのための保存協会じゃ。長い間、紅天女を目指して頑張ってきているお二人はこの展開に納得が行かんかもしれん。しかし、これは月影さんと十分話し合ったうえの結果だ。」

亜弓とマヤは深くうなずいた。

「月影さんと尾崎。わしは、尾崎が生きていたときに見ている。だからこそ月影さんの想いもわかる。そこは大切にしていく。そして、紅天女を生かしていく。」

「わかりました。わかりました。先生方のお気持ちは伝わりました。そして他言は無用ということもわかりました。賛成しますよ。同時に、試演が終わって、決定まで、我々もラストスパート頑張りますよ。ふっ。何があってもお互い恨みっこなしで行けるように全力をつくしましょうよ。なっ。黒沼さんのところも同じ気持ちですよね?」

と、小野寺がことのほか大きな声で発言した。多少なりとも白けた空気は流れたが、一同、うんうんとはうなずいていた。千草は表情を全く変えずに、「この男は、どこまでいってもこのままなのだわ。」と心の中でつぶやいた。

小野寺は帰り道にいろいろと想いを巡らせていた。

「ふんっ。どうでもいいような、誘導尋問のようなやり方だな。くだらん。わかるわけない。平良が連絡つかないのはたまたまの偶然。あいつのことだから、日銭に困ったらまたなんでもやるだろうよ。」

「なんであんなにえらそうになんだ、あのじいさんとばあさんは。あのじいさん理事長もそろそろ終わりじゃないか?つまらん奴らだ。あのじいさんが引退したら、次は俺があそこに就いてやってもいいな。演劇協会の理事長をやりつつ、オンディーヌの実権を握って、そして、何より、紅天女の演出だ。保存委員会?ふんっ。つまらん。まあ、決定後は、俺もメンバーになるだろうけれどな。実につまらん。」

「姫川亜弓は、あれ、見えるようになってるみたいだな。俺に感謝してもらいたいくらいだよ。はっはっはっ。まあ、俺がかかわったということはバレないから、感謝しようもないけれどな。」

「さてはて。小道具のことはちょっと修正しておかないとな。それは仕方ないが、俺の仕事だから、ささっと片付けておこう。」

そして、最後は、独り言ながら声に出して言った。

「紅天女の演出家ということか…。悪くないな。これで俺も日本演劇の歴史に名前を残すことになるな。演出家 小野寺一。悪くないな。」

赤目は苦々しい想いでこの日を過ごした。

「小野寺はもう切ったほうがいい。あいつはダメだ。わかっていない。」

きっかけは何であるか、また、今まで描いていた「紅天女」の出演者として名を連ねることに魅力を感じなくなってきていた。そこに今日の会見で決定打をくらったようだった。

「人間として浅い。あいつから得られるものは何もない。紅天女も何か違和感がある。今回選ばれなければそれはそれでいい。嫌な予感がする。舞台は魅力だ。しかし、自分は、TVドラマや銀幕の人間だ。もし、選ばれたとしても、それは姫川亜弓に対しての評価だろうし、自分じゃなくても良いはずだ。」

長年芸能界でやってきているだけあって、赤目の勘は鋭い。

「選ばれたとしても、第1期で辞退しよう。そこまで小野寺の悪事がおおっぴらにならない事だけを願おう。」

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