ガラスの仮面SS【梅静029】 第2章 縮まらない距離 (9) 1984年冬

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千草は続ける。

「名称は仮称ですわ。おいそれと決めることではありませんしね。まず、初代の協会長はわたくしが拝命いたします。そして、理事として、二人、候補者の二人は入っていただきます。さらにこちらの山岸理事長。ここまでの人選はできております。あとは、弁護士に相談しながら、必要な人に携わっていただくつもりですの。」

正直言うと、ここまでの話をマヤはあまり理解できなかった。自分が紅天女を演じることができるのか、できないのか。ピンとこないので、何とも言えない間抜けな顔をしているのではないかという自覚があるくらい何のことだかわからない。

一方、亜弓は驚きを隠せない顔をしていた。千草の話を聞きながら、「結局のところ、紅天女はあの子のものになるのだわ。」と心の中で驚き、同時にあきらめが襲ってきた。

その二人の表情を知ってか知らずかおかまいなしに千草は続けた。

「その形をとるからと言って、決して、当初に予定していた、今回の選考で一人を選ぶ、ということを止めるわけではありません。保存する過程では、今回、いずれかを紅天女に選びます。そして、選ばれなかった方にも、選ばれた方にも、ともに、今後、紅天女を保存するために尽力してもらいます。二人ともその資質があることに一点の疑いもありません。だからといってお二人の今後の芸能活動をそれで制限するわけではありませんわ。広くご活躍いただく方だと思っておりますの。」

ますますマヤにとっては理解しがたい話になってきた。しかし、なんとか理解したいと全身を耳にして聞き続けた。

「今回、試演をおこない、どちらかが選ばれる。そして、選ばれた方も、選ばれなかった方も紅天女を存続していくために関わることが求められているのだろう。きっとそうだろう。うれしいようで、残酷なような。でも、その方が紅天女にとってよいのだろうな。」

とマヤは頭を整理していた。

すでに会場にいた記者たちはざわめいていた。電話連絡をするために、走っている者もいた。すると理事長が代って話し始めた。

「帰りに資料を受け取っていただきたいが、日程は次のようになっている。」

と同時に、スクリーンに文字が映し出された。

1月20日 舞台稽古
1月26日 午前・午後にわけて試演
2月1日 演者決定記者会見
3月3日~3月31日 第1期
6月 第2期
8月 第3期
11月 第4期
2月 第5期

「舞台稽古は非公開。試演に関しては、マスコミ20組を招待しておこなう。みなさんに観て頂きたいが、今回は安全確保のため、観覧者を限定する。あしからず了承願いたい。あとでお渡しする資料には応募方法も記載してあるので、試演を観たい方は申し込みいただきたい。」

ここでもまた記者がざわめくが理事長は気にせずに続ける。

「決定した女優をもとに、1年間、ここ、ダイト・オーシャン・シアターを使って上演する。第1期から第5期に分ける予定であるが、決定者との協議で回数は増えるかもしれんし、減るかもしれん。第1期は確定である。ここ、ダイト・オーシャン・シアターは、大都アセッツのご賛同ご協力をえて、1年、紅天女のためだけに用いる。西新宿にあるドッグ・シアターと同様の使い方をさせてもらう予定じゃ。」

「おー、ぶつけてきてるねぇ」「シアター戦争だな」

と小声で記者たちがつぶやいている。

「第1期は、今、月影氏が提供している紅天女の原作に忠実に、今までそれぞれが準備しているとおりに上演してもらうが、第2期以降は先ほどご説明した保存委員会の立ち上がり状況に応じて、脚本・演出を変える可能性もある。これは、臨機応変におこないたい。この点に関しては、月影氏にとっては苦渋の決断であったが、紅天女が生き残っていくためには、という視点で熟考された結果である。たとえば、シェイクスピアは古典でありながら、新しくもある。そして、何百年も、そして、多くの人々に愛され、演じ続けられている。紅天女もそうなってほしい。尾崎一蓮はこの世にはいないが日本のシェイクスピアになるのではないか。」

ほぉ~という声が場内のあちこちで聞こえてくる。

「話は前後するが、保存委員会では、尾崎に続く作家をも育成したいと考えている。尾崎が本来であればもっと書きたかったこともあるだろうに、自ら命を絶ってしまい、それは叶わなかっただろう。新しい作家を育成することで、尾崎の想いも遂げられるのではないかという考えからである。もちろん、それは作家に限らず、脚本、演出、そして、役者の育成をすることでも同じ効果があるとも考えている。そのために、紅天女に横やりが入らぬように委員会の存在が必要となる。」

「ここで、みなさんが疑問に思うであろう、紅天女は大都のものになるのか?ということがあるだろう。答えは否じゃ。今日ここに速水社長がいることも、その疑問を強くするものであるだろうが、あくまでも、ここ、ダイト・オーシャン・シアターの所有会社の社長としてであり、芸能マネージメントのためではない。もちろん、保存委員会が立ち上がっていく過程で、マネージメントや興行力が必要になり、大都がそれにふさわしい、ということになれば、ご尽力いただくこともあるかもしれん。」

と今度は真澄に顔を向け、話すように促した。

「大都アセッツの速水でございます。今日、こちらの会見に参加いたしましたのは、ここ、ダイト・オーシャン・シアターを保有する会社の代表としてでございます。こちらは、1年の時限で海を臨む、そして、再開発が行われるこの地に、再開発に先だって建設いたしました。ご縁があったのか、今回のボヤ騒ぎの前から建築案はあり、たまたまタイミングが重なり、竣工となった次第です。しかし、そのご縁を大切にいたしまして、この1年は原則紅天女のために活用する予定です。空きがあるときはイベントに用いることも考えていますが、紅天女第一です。1年後は、自治体に、もう決定しておりますが、そちらにそのままお譲りすることになっています。解体、資材の輸送まではこちらで負担し、再組み立ての費用はあちらに持っていただくように内定しています。その自治体の文化活動にご利用いただくことになるでしょう。

ここで紅天女をおこなう際の懸念事項として、公共交通機関がないことがあるでしょう。今日もお集まりいただく際、御苦労された方もいらっしゃるかと思われます。それは、上演日に関して、その時間に合わせて、貸し切りバスを東京駅から大都が用意させていただく予定をしております。それでおおかた解消されると思われます。時間的に間に合えば、この敷地に宿泊施設を建設しても良かったのですが、そこは、ビジネスの観点からしても厳しかったので断念いたしました。」

真澄がそこまで言うと、ぼそっと記者が「費用はどうなるんだ?」とつぶやき、それが真澄の耳に届き、真澄はそれを拾って続けた。

「気になるのはそこでしょう。ははは。率直でいいですね。もちろん、公演に関しては施設使用の費用は頂きます。まだ最終決定に至っていませんが、公演のチケット販売は大都芸能にお任せいただけるのであれば、という希望は強く持っています。他の芸能マネージメント会社の方々も、我こそが、と手をあげて頂いても構わないと思っています。正々堂々競って、紅天女のためになる方が採用されればよいと願っています。」

ここまでの話で圧倒されたのか、役者も演出家も、誰一人、余計なコメントを出すことがなく会見は終了した。記者側も、聴きたいことがないわけではないが、それよりも、一刻も早く社に戻り、記事を間に合わせるか、ということに専心したので、結果として静かな会見となった。

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