ガラスの仮面SS【梅静037】 第2章 縮まらない距離 (17) 1984年冬

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ここ数回のあらすじ

紅天女試演・決定までのスケジュール発表記者会見にて、紅天女保存委員会設立について発表がなされた。
その後、マヤと亜弓は二人きりでお茶をした。ひと月の間、亜弓はマヤの所在を知っていたことについて詫び、亜弓自身は目の状態について正直に伝え、手術を受けていたこと、そして、その視力が持っても1年程度であると感じていることを伝えた。
桜小路と黒沼は二人で酒を酌み交わし、気持ちあらたに紅天女に臨むことを確かめあった。
千草は真澄、理事長を連れ、速水真澄の父、速水英介をアポなし訪問し、過去の遺恨を踏まえた上で紅天女保存委員会への資金を提供するように求めた。英介が保有する紅天女に関する品物の譲渡も求めた。意図を理解した英介はまんざらでもない様子で快諾。保存委員会に協力する姿勢を示した。

マヤは目まぐるしい一日を終え、疲労感を覚えながら帰宅した。アパートには、麗がおり、なぜか水城も一緒であった。

「お帰り、マヤ。どうだった?」

「マヤさん、お帰りなさい。おじゃましてるわよ。」

「ただいま。亜弓さん、色々とお話ししてきた。ケーキも食べてきた。このひと月、亜弓さんも色々あったみたい。」

「亜弓さん、ご自分の目のことをマヤさんに話されたのね?」

「水城さん、知ってたんですか?」

「ええ。言いふらす話ではないから言わなかっただけよ。知っていたわ。」

「そうですか。驚いた。そんなに大変なことが起こっていたのに、私、知らなかった。そして、亜弓さんの考え。すごい。舞台稽古と試演まであと少しだけれど、気持ちで負けないようにしないと。」

マヤは続ける。

「今までだったら、きっと気持ちで負けて不安になっていたと思うの。亜弓さんの気迫に負けていた。でも、今はそんなこと言っていられない。今日の会見の内容、正直、全体像としては理解しきれていないけれど、みなさんの紅天女への想いがすごい。不安になっているヒマはない。ちょうどよいタイミング。水城さん、今日の内容とその意味。教えていただいていいですか?私の理解であってるのかなぁ?ただ、今日はとても疲れてしまって。ケーキも、すごくおいしかったのに、ひとつを食べるのが精いっぱいだった。亜弓さんがホテルのレストランで、二人きりで話せるようにしてくれて、おいしいケーキをごちそうしてくれたのに…。」

「今日の会見に大きな意味があることをマヤさんも感じたのね。いいわ、私が説明する。麗さんは会見には来ていなかったから。」

と水城が言ったときに、マヤが苦しそうな声をあげてかがみこんだ。

「うっ。ちょっと気持ち悪い。あっ。」

かがみこんで、しばらくお腹をおさえ、眉間にしわを寄せた。そして、うずくまり、横になってしまった。

「マヤっ?マヤ???」

「マヤさん?大丈夫?」

マヤが気づいた時、どこかのベッドで寝ていた。

「目が覚めた?大丈夫?マヤ。今、病院だよ。マヤ。」

麗がマヤを覗き込んで言った。

「ん?私、どうしたの?ここ…?」

「無理に話さなくていいよ。病院だよ。ゆっくりしな。起きなくていいから。」

「え、病院?何かあったの?ちゃんとアパートには帰ったし、亜弓さんと会った話もしたし…。…つっ。」

「だから。無理に話さなくていいよ。水でも飲む?」

「えっ?なにがあったのかな?」

麗の後ろには水城の顔もあった。麗が水城を振り返った。

「マヤさん。今、あなた、病院の個室にいるの。アパートまで戻って、具合が悪くなって、ちょっと気を失ったのよ。」

水城が静かな声で続けた。

「それで…。帰ってきてから、実は身体、きつかったんじゃない?残念だったわね。流れてしまったそうよ。流産…。あとで詳しくお医者さまからお話し聞く?」

マヤは、水城が話している間、ずっと天井を見つめていた。そして、「流産」という言葉を聞いた時に、ふぅ、っとため息をつきながら、大粒の涙を流した。

「マヤさん、あなたの身体には障りはないだろうって。今夜ゆっくりして、明日も激しい運動は避けるようにとお医者さまが言っていたわ。」

「そう…ですか…。」

「マヤ、マヤ。大丈夫かい?大丈夫?」

「うん。麗。ありがとう。水城さん…。あの…。」

マヤは小さな声で続けた。

「そうだったのですね…。沖縄に行って、環境も変わったし、今、毎日がいろいろあるからそのせいだと思っていたのですけれど、確かに、来なかった…。あの…。誰にも…、誰にも言わないでください。麗と水城さん以外には知ってほしくない。今は…。何があったのか…。大丈夫です。明日からの稽古も行きます。ただ…、今だけ…。10分だけ。それでよいので、一人にしてもらえますか?」

麗と水城はうんうんとうなずいてマヤの手を握った。

「マヤさんも目が覚めたから、少し外にでてきますね。ちょっとしたらお医者様にもう一度診て頂きましょう。しばらく一人でゆっくり休んで。」

と言い残して、二人は病室を出た。

「こんなことになって。子供だと思っていたけれど、マヤも立派な大人の女性だってことがわかった。詳しくはわからないけれど、悲しいな。なんだか悲しい。」

「麗さんの気持ちもわかるわ。でも一番つらいのはきっとマヤさんよ。そして…。」

「マヤは誰にも言わないでと言ったから、言えない。言えない…、ですよね?」

「そうね、今は、この瞬間では、言わないわ。言えない。でも、知らないままではいられないはずでしょう。そして、私は、知らせるわ。明日、知らせる。その時、あわててもどんな態度になってもマヤさんの気持ちを一番に、知らないふりで演じてもらいましょう。彼にとってはそのことのほうがつらいでしょうけれど、今はそうしてもらわないと困るわ。」

と言い、大きな深呼吸をした。

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