ガラスの仮面SS【梅静014】 第1章 もとめあう魂 (12) 1983年秋

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

「佐々木」を尋ねた平良は会議室に通され、現れたのは眼光が鋭い水城だった。


「はじめまして。水城と申します。以前に、お目にかかったかしら?まあいいわ。これから平良さんの担当をさせていただきます。単刀直入に伺いますが、今日、こちらにいらしたということは、もう、今までを清算し、速水社長を信頼し、人生を変えたいとおもっていらっしゃるということですわよね?」


と水城があいさつもそこそこに平良に切り込んだ。


「はい。うちのとも話して、新しい自分になろうと決めました。何ができるのか自信は正直ありませんが、今しかないと…」


「確かに声は頼りないですわね。しかし、その言葉にうそはないと思いましょう。今しかありませんよ。いつまでもチンピラではいられない。お家を引き払う用意は済みましたか?」


「まぁ。もともと荷物もあまりありませんし、子供が生まれるのに準備もあまりできていませんから…。」


「そうですか。ではあさってすべて引き払ってください。沖縄に行ってもらいます。しかし、沖縄ではそんな情けない声を出すようだと困りますわよ。スクールの講師をやってもらいますから。」


「は?講師?え、わたしが???」


「はい。あなたの容姿だけではなく、そして、演技をするチカラだけでもなく、あなたが表現者としてやってきたこと、そして、初めての体験となる、人に教えると言うこと。すべてをもって全力でむかっていただきます。それができればあなたは変れるはずです。そして、小野寺さんに押さえつけられた人生を捨て、あなたが小野寺さん以上になるようにすればよいでしょう?いかがかしら?詳しいことを説明始めてもよろしいかしら?しっかり理解してくださいね。辞めるなら今です。説明を聞くならば全うしてください。どちらになさるの?」

マヤと桜小路は黒沼からの「1か月の紅天女候補隔離」について聞かせられ意味を理解できないでいた。とくに桜小路は、この時期にマヤをひと月も放っておくことができないと激高した。


「おい、一真。俺だって納得がいかないんだよ。そもそもボヤというのも納得がいかない。おまけに速水の旦那はここぞとばかりに、オーシャン・シアターだと?明らかに劇団Sに対抗してるだろう?話題作りで紅天女も食いものにするつもりか?くそっ。」


「黒沼さん…」


「だけどな、どれだけ納得がいかなくても俺たちができることはな、試演の場で最高の紅天女を見せて、権利を手にして、より良いものをつくることだけなんだよ。それしかないんだ。そのために、協会と月影さんから言われることは、今はもう従うしかないんだ。だから何も言うな。頼むぞ、一真。お前もひと月でより一真になれ。」


そして、何も言葉をはさまなかったマヤに向かって


「北島。お前のひと月は亜弓さんのひと月同様、大都でアレンジするそうだ。それは月影さんから大都への依頼だ。今日のうちに大都に行って、どうするのか聞いて来い。」


「えぇ?大都にわたしが行くのですか?」


「そうだ。夕方5時以降に、あの秘書を尋ねてきてほしいと。北島の都合がつき次第、ひと月、どこかに行き、北島一人でお前の阿古夜を作るための時間を過ごすそうだよ。なんのことだかさっぱりわからないがそう言うことらしい。夕方から行けるか?」


「はい。大都ですよね。はい。」


と顔を赤らめながら下を向いてマヤは返答した。その様子を見て、黒沼も桜小路もそれぞれマヤに対して想うところがあった。

「アユミ、やっと、目の光を取り戻す、決心しましたね。メルシー。私は、アユミと一緒に、美しい景色をこれからも見ていきたいです。アユミの勇気。すばらしい。」


「ハミルさん、ありがとう。ここからもまた一つの挑戦ですわ。」


マスコミに感づかれないよう、水城が用意した救急車に乗って二人は病院に向かっている途中、そっと言葉をかわした。


病院に着くと、見事なほどに検査の手筈は整っていた。そして、検査後、手術は翌朝ということになった。ただ、前回の説明よりも、予後は芳しくないと医師は厳しい顔で言い添えた。たとえ視力を取り戻すことができても、それが3年続く確率は3割程度だろうと。それであっても亜弓は視力を取り戻し、亜弓が阿古夜になり、輝くときがあることを信じて手術を受ける決心は揺るがなかった。

 

赤目は午前中の速水の記者会見の様子をワイドショーで見ながら何とも言えぬ嫌な気分になっていた。


「むぅ。どうもおかしい。タイミングがうまく行きすぎている。俺は小野寺を確かにあおった。あの見えてないお嬢さんとの阿古夜・一真を延期するようにあおった。まさか、本当に実行するとは…。」


平日の午後で、今日はスケジュールもあいているから、ついつい、ブランデーに手を伸ばしてしまった。そして、ブランデーが相まって、独り言も止まらない。


「実行犯が一向に姿を見せない。気になるぞ。おかしな話だ。実行犯がわからないまま、大都がシアターXにとって替わるような、なんだ、オーシャン・シアターを建設するって?渡りに船のようなタイミングだ。それも、劇団Sに対してあてつけのようなタイミングだ。そこまでする必要があるか?大都にとって何の得がある?」


ブランデーグラスを手にしながら、TVの前をうろうろしている。赤目はセリフを覚えるときもそうだが、考え事をするときもうろうろしながら声に出して確認していくタイプだ。


「うん、どうだな。答えはこれだ。小野寺と組むのは得策じゃない。これは俺の勘でしかないかもしれないが、小野寺には流れがない。大都は小野寺の悪事をわかって、あえて、シアター建設だ。犯人捜しをしないことも何かおかしい。シアター建設をすぐさまぶち上げることができるなら、犯人に目星をつけ、背後に小野寺がいることをつかむことくらい簡単だろうよ。しかし、それをやらずして、シアターか?いや、分かった上で、進めているのだろう。小野寺にはまったく気づかれないように。そうだ、それに違いない。ならば俺も早い所、小野寺を切らなければならないな…。」

コメント

タイトルとURLをコピーしました