ガラスの仮面SS【梅静011】 第1章 もとめあう魂 (9) 1983年秋

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速水親子。血のつながりはないけれどそっくり。自分のしたいことが素直に表現できないところ。遠まわしに、自分が良いと思うことを勝手にやって、相手の気持ちを考えない。大丈夫かしら?
若社長は。やっと魂のかたわれを見つけたのではないの?ちゃんと伝えられているの?


ふふふ。こんなふうに、あの速水親子を想いあぐねることができるようになったなんて、私もあまり長くないのかしら?おせっかいね。そんなことしたこともない。マヤのせいかしら?でも、本当に私の命のともしびが長くないのならばしっかりと伝承者を決めなければ。


千草は常々この想いを反芻していた。伝承者。そんな大げさでなく、もしかしたら、私が、一蓮との間で紡いだものを証拠として残したいとうエゴかもしれない。でも…。これをはっきりと見届けなければ私はこの世にさようならを言うこともできない。紅天女は彼の生きた証だから。


今の段階では圧倒的に亜弓さん。一蓮の描いた世界を表現できるのは亜弓さん。だから、亜弓さんが紅天女にふさわしい。一蓮がいない今、一蓮の体温を思い起こして感じさせてくれるのは亜弓さん。その点、疑いは全くない。再現性が安定している。


しかし、マヤは、一蓮の体温を超えた、震えを思い起こすわ。何か髄を揺らぐようなものがある。
今、一蓮がここにいたならば、どうするだろう?きっとマヤに夢中になって新しい息を吹き込もうとするはず。そうやって、相手に火をつけるのがマヤ。本当におそろしい子だわ。現在進行形で何かをもたらす。阿古夜に新しい息を吹き込み、また刻々と変化していく。それがマヤ。化学反応を起こすのはマヤ。


亜弓さんは、きれいに保管して、むしろきれいに整えて次世代に渡すでしょう。一蓮の描きたいと思ったことがそのまま脈々と…。すると一蓮はずっと人の心の中に生きていく。そう、私の中にも。そして、私と一蓮が紡いだものもそのまま残る。
今世では結ばれなかった私たち。でもずっと残る。亜弓さんは残してくれる。より美しく。

急な記者会見の割には多くの記者が集まった。注目の湾岸エリアに限定でシアターを作って、その後、自治体にそのままプレゼント、地域の演劇、文化に貢献したいということまでぶちまけた。劇団Sのシアターに対抗するのか、という質問も飛んできた。そして、質問を閉め切ろうとしたときに手をあげたのはあいつだった。


「シアターXでの紅天女試演ができなくなって、数日後に、ダイト・オーシャン・シアターに関する記者発表ということで、失礼ですが、はっきり申して、なにかウラがあるのではないかと勘繰る人も少なくないと感じます。そのあたり、正直なところをお聞かせいただけませんか?」


ああ、いつもの週刊スタースパークの記者の澤田だ。慇懃無礼な言い回しは変わることがないが、真澄は慣れっこであった。慣れれば澤田の切り込みも不快ではない。


「タイミングはそろっているように見えますね。確かに。しかし、シアターXでのボヤの話から、ほぼ2日ですよ、それで、このような設計図までは出来ません。常識的に考えてくださいね。ずっと温めていた企画なのです。もちろん、試演から役者発表、そして、上演までオーシャン・シアターを使っていただけるというならば、大都としては、ビジネスとしてお話をうかがうことはやぶさかではありませんよ。」


とやや笑いながら、真澄は返答した。表で笑顔を出しながらも、裏側では、強い決心がともなっていた。


「紅天女は大都以外ではだめだ。マヤに決まるならばなおのこと。マヤだけではしっかりと紅天女を守ることができるわけはない。演技とマネージメントは別の次元だから…。」


真澄の沈黙を見てか、珍しく澤田はそこで引き下がった。物事の動き方のスピードがめまぐるしい。そして、芸能界としても紅天女に対しての期待値が上がり続けているので、あまりつまらないスキャンダルでまた延期か、ということは世間の支持を受けないと知っているのだろう。


「はい、ではこれで会見を終わりにします。言い添えますと、この記者会見をやっている間にも自治体から問い合わせがきています。地域に向けての文化貢献ができることは大都としても本望です。また、お知らせすることがありましたら会見を開きます。失礼。」


と会釈しながら真澄は退室して、社長室に向かおうとすると澤田が寄ってきて


「やりますね。ほぼ、大都で決まりそうという自信があるのですね。いやー、私も一ファンとして、紅天女を楽しみにしているので、ワクワクします。」


真澄は、返答することもうなずくこともなく、「よっ」と右手を軽くあげ、澤田に挨拶をして社長室に向かって行った。

小野寺はあまりに思った通りに物事が進んで上機嫌だった。これで、姫川親子にも恩を売れる、赤目だって、まんざらではないはずだ。そうだ、2,3日は自分もゆっくり休んでもよいかなと余裕を感じるくらいご機嫌だった。


「2週間くらいたって、ほとぼりが冷めたら、また平良に何かさせよう。そして、黒沼たちの士気を下げてやれ。念には念をおそう。」

真澄が社長室に戻ると、水城が


「歌子さんと亜弓さんがいらっしゃるまで、あと2時間あります。オーシャン・シアターに関しては、引き渡しまで40日考えておいてほしいとのことです。ほぼ真澄さまのお考えの流れです。亜弓さんの病院は今日の夕方から受け入れ可能と調整してあります。マヤさんの1か月滞在先の候補は国内、海外、それぞれピックアップしてあります。あと…、鷹宮の紫織さまからお電話が5回ほどかかってきています。」


とビジネスライクに述べた。真澄は、


「マヤはパスポート持っているのか?」

と、あえて紫織に関してふれずに水城に尋ねた。


「お持ちではないでしょう。ただ、今、作るとなると、どうしても戸籍をとってこなければならず、何かを思い出してしまいそうなおそれはありますわ。」


「わかった。そのリストをみせてもらえるかい?そして、お手数だけれど、そのまま今日はずっと電話をつながないようにしておいてくれ。」

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