ガラスの仮面SS【梅静007】 第1章 もとめあう魂 (5) 1983年秋

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「1か月か…。月影さんもがっかりしているだろうな。それにしてもボヤというのが本当の意味できな臭い。どうなんだ?まさかと思いたかったけれど、やっぱり…?」

と真澄が振り返ると水城は手にしたレポートを差し出している。

「残念ながら…です。ちょっと真澄さまに動いていただかなければならないと思いますわ。社長が動かなければならないなんて、下世話ですけれど時給換算したらとんでもない手間でしょうけれど、大切な紅天女を守るためにも必要ですかと。」

「うむ。この平良くんっていうのは、あれか?一度、うちにもいたことがあるあの平良裕くんか!?小野寺さんも何を考えて…。ただ、平良くんは、何故、小野寺さんと?もう芸能界は引退しているよね?少なくともうちにはいない。」

「どうも、オンディーヌ直属でスカウトとして籍はあるみたいですが、出来高制のようです。途中、荒れていた時期もあって、よからぬ人たちとの付き合いもあったようですが、今は、だいぶ更生したようなのですよね。なのに…。ただ生活は今もラクではないと思います。」

「わかった。預かるよ。とりあえず、山岸理事長に連絡して、明後日、いや、明日の午後以降でどうにか時間を取ってくれ。あとはそうだな。劇場、いや、あの、13号地のあそこが押えられるか?うまくいけば丸ごといただくまたとないチャンスだ。ちょっと見てくれないか。今日は戻るから申し訳ないけれど残っていてくれ。」

と言いながら社長室を出ていく真澄。残された水城は数秒だけやれやれという表情をして、またすぐにシミュレーション図を頭に描いて受話器を取った。

「大都の水城です。お世話になります。はい。13号地のあそこ、すぐに動かせますか?はい。西新宿で進んでいることと同じように。あれはうちじゃないので、あそこと見劣りしないものが欲しいです。ハイ。では、午後にお待ちしておりますね。」

地下の駐車場に待っていた聖の運転する車に滑り込んだ真澄。

「知っていたか?」

聖はいつも変わらない表情で「はい。」と答える。そして続ける。

「どうしましょうか。たぶん、今からならすぐに捕まえることできると思います。この時間は、平良さんは、ほぼパチンコだと思います。今日は競馬も競艇もないので、行く場所は決まっています。ここから車で20分くらいです。」

「水城くんと本当に似ているな。ははは。二人が全く関係ないのが本当に興味深い。そうだな。やってくれ。15分で話はまとめられる。水城くんのレポートでは定職にはついておらず、まだ入籍はしていない、とあるけれどそれで間違いないか?あとは、もう両親ともいない。兄弟もいない。」

「はい。間違いないです。水城さんのおっしゃる通りです。」

「わかった。沖縄の枠は空いている。よし、絵が描けた。さっさと終わらせる。あとは小野寺さんだな。」

「すみません。平良さん。ちょっとここではできないお話が。」

パチンコ屋に入っていき、聖が平良に声をかけた。びくっとした平良はすぐさま走り去ろうとしたが、両肩を聖がぐっと押え、

「悪い話ではないです。あなたを責めたいのではありませんから。」

と凍りついた有無を言わさぬ笑顔で囁いたので、平良は直観的に観念した。

なぜか無抵抗であった平良は真澄が待つ外の車に素直に乗り込んだ。

「久しぶり?だよね?今まで3回くらいは言葉を交わしたことがあるかな?大都の速水だ。覚えている?だろう?平良くん。今日は腹を割って話すよ。駆け引きなしだ。」

真澄はあいさつも短く切り上げ、まっすぐに平良を見つめて、平良を心身ともに捕獲しながら続ける。

「もう、たくさんだろう?そういう生活も、小野寺さんに振り回されるのも嫌だろう?」

平良はうつむくのみでなにも答えられない。

「結果としてシアターX、1か月は無理だ。いや、さっき確認したが、もっとかかるかもしれない。小野寺さんの狙いが何にあるかしらんが、紅天女を汚そうとするものを大都は許さない。1ミリのスキャンダルも許さない。実行犯は残念ながら君だ。しかし、君に対して、私は告発するつもりもない。むしろ、もうこの悪循環から抜け出て、君のもともともつ才能を活かしてみたらどうかと思うくらいだ。あの学園ドラマは良かったんだよ。平良くん。」

真澄は平良に言葉をはさむ余地なく続ける。

「もう、すさんだ生活もいやだろう?どうだ、ここでリセットしないか?小野寺さんと二度と会わないで良い。すべてここで吐き出して、そして、新しい君にならないか。久しぶりに会ってここで速水を信じろ、というのも厳しいかもしれないが、人生の選択はこうやって突然降ってくるものなのだよ。」

平良はあっけなく降伏した。なぜかこの人を信じてみようと思った。今までの小野寺とのつながりを話していると涙が止まらなかった。もうしばらく会っていない自分の母親のことも思い出されたかもしれない。心の中の重しを外すことができた解放の涙かもしれない。平良自身もなぜ久しぶりに顔をみた、そして、もともと親しいわけでもなかった速水社長に洗いざらい話すことができたのかわからなかったが、話は止まることがなかった。

「わかった。」

真澄は、いつもにもまして力強く答えた。

「いいか。もう小野寺さんからの連絡は受けてはならない。電話も誰からも出てはならない。今日帰ったら電話は解約だ。いいね。そして、新しい平良くんに生まれ変わりなさい。怠惰なずるずるした生活は終わりだよ。そして、ちゃんと入籍して、家族を守る。できるか?」

「その言葉、ありがたいです。ただ、僕にその価値があるのか…。自信がないです。」

平良が答えるとすぐさま真澄が笑顔で言った。

「子供が誇れる父親になりなさいよ。やってきた悪事を超える努力をしなさい。自分の持った才能も活かしなさい。それだけだろう?ちがうかい?」

さらに大粒の涙を流す平良に真澄が聖に顔を向けながら伝えた。

「新天地は沖縄だ。すぐにこの男、佐々木というが、佐々木と、新しい仕事と、住まいのことも含めて、打ち合わせをしなさい。電話はもう使わないから今決めよう。明後日、そうだな、大都本社に来なさい。総務の佐々木を尋ねてきなさい。時間は14時。いいね。私は次に沖縄に行くときまで君とは顔を合わせることはないが、佐々木の指示に従って。途中から秘書の水城も関わるかもしれない。ただ、君の奥さん以外は他言は無用だ。沖縄で落ち着くまで誰とも会うな。いいね。」

あまりの目まぐるしさに、平良は「はい」としか答えられなかった。しかし、ひとつだけ言葉を止めることができなかった。

「あの、姫川さんの目は…。目の手術は間に合うのですか?失明を回避できるのですか?それがあるから今回僕も嫌だったけれどやらざるをえないと思ったのです。」

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