「わかりました。色々とお心配りありがとう。山岸理事長からもお電話いただきましたし、今、こうやって速水さんとも直接お話しさせていただいたので、わざわざこちらまでおいでいただかなくても結構よ。ありがたくしばらくゆっくりさせてもらいますわ…。」
「ご理解ありがとうございます。明日からフルスピードで動きます。頓挫することも、二番煎じがでることも許し難いので圧倒的な大都を見せます。もちろん、紅天女の行き先と大都が関連づくということはしません。全力で抑えますから、その点もご心配なく。正々堂々としたうえで、うちが頂けるということが重要です。」
「ほっほっほ。速水さん、お見通しですわね。ええ。依怙贔屓はしません。」
電話口の千草は至って穏やかであった。
「嫌がらせかしらねぇ。手口が似てるわ。デジャブ感がある。まあ、今は詮索しないでおきましょう。そうそう、亜弓さんのお加減はいかがなのかしら?その2か月が助けになるのかしら?彼女は本当に昔からずっと頑張りすぎるくらい頑張るわ。」
真澄は、千草には見透かされていると感じながらもあえて答えずに、
「そうですね。不自然でないように治療できるように、北島マヤも1か月ほど消えてもらおうと思います。それもお任せください。」
と言い、挨拶をして電話を切った。電話の様子を見計らって、水城が歩み寄ってきた。
「明日のご出張はなしですね。では、記者会見にしましょう。もう大まかな製図もできています。もともとプランはあって、いつゴーかけるか、という段階でしたからすぐにできてきました。」
水城はできすぎる秘書だ。秘書という仮面をかぶったビジネスパーソンだ。
「こじんまりとしていていいな。定員300か。うん。これは希少性で勝負する屋外設置シアターだな。劇団Sよりもゴージャスにしよう。そして、国内原作の演劇をやろう。」
「真澄さま、海風が強いので、メンテナンスも結構費用がかかるようです。時限のほうがより希少性があがるかもしれませんわね…。差し出がましいことを申しました。」
「よし。1年限定シアターにしよう。そうだな。海の博物館のそばだから、『ダイト・オーシャン・シアター』にしよう。記者会見は明日姫川親子と会う前に。1年限定にして、このシアターの資材をそのままどこかの自治体に寄付しよう。この流れでどうだろう?」
華やかではないが満面の笑みで水城は「ええ。そうですわね。」と答えた。
真澄は今日一日を反芻していた。長い一日だった。とは言え、ほぼ、思うとおりに話が進んだ。ひとつ残っていることはマヤの1か月の滞在先。1か月どこかに隠れていれば、亜弓さんもうまく雲隠れできる。ちょうどいい。場所は…、そうだな、あの別荘というわけにもいかない。海外がいい。それはあとで水城くんと相談しよう。
そして、思うとおりに進んだけれど、自分にとって不本意なこともひとつ…。
たのくらに行く前に、鷹宮邸に寄った。日に日に紫織の顔色も良くなっている。彼女は、世間の体験がないだけで聡明な女性だ。ただ、その体験がないがゆえに、思い込みがはげしいところがある。そして、鷹通の唯一の直系の子女だが、そこを鼻にかけることは一切ない純粋な人だ。
「紫織さん。今日は顔色も良いですね。今、少し時間があいたので顔を拝見しに来ました。」
「真澄さま、お気遣いありがとうございます。ええ、真澄さまが毎日いらしてくださるから、とても元気がでます。」
「そうですか、それはよかった。今日は元気そうですし、大切なお話をしたいと思います。そして、お返事をいただければと思います。」
「僕は、貴女を純粋で美しく、素晴らしい女性であると思っています。一人の男性としても、またビジネスを手掛けるものとしても、魅力的であると心底思っています。ここにウソはありません。」
言葉とはうらはらに真澄の顔はどんどん冷めていく。
「そして、貴女が本当に私を必要としていることも十分に伝わっています。それに応えると、お互いの家族が喜ぶことも知っています。」
紫織が自分の手で耳を覆った。
「やめて。真澄さま。やめて。」
「いえ。やめません。聞いてください。そして、しっかり受け止めて、返事をしてください。ここは逃げてはいけません。」
「今までのことを全部含みおいて、僕は貴女と結婚しようと思います。配偶者として誠実であろうと思います。でも貴女を愛することはないでしょう。ビジネスで受ける恩恵はなるべく減らして、鷹通は私が継ぐという形ではない方向でいきます。でも貴女を妻として娶り、そして、誠実でありたいと決心しています。それでも貴女が僕を望むのであれば。」
紫織は耳を覆っていた手をぶらんと下げた。
「紫のバラの人はもうよろしいの?」
「あれは、私であって、私ではありません。そこには口出しなさらないでください。それがあっても私は貴女に対して誠実であり続けますから。」
「何を考えていらっしゃるか紫織には想像がつきません。しかし、そうおっしゃってくださるなら、紫織は『はい』と答えます。おじい様も両親も怒るでしょうが、今、大きな儀式はいらないです。すぐに結婚してください。そして、この家に入ってください。」
(この時、真澄も紫織も白目になっていた。)
「わかりました。では、今、ちょっと手が離せない案件があるので、それのめどをつけたいです。そうですね、来週末からこちらに移り住むようにしてもよろしいですか?」
思い出してみると、自分でも恥ずかしいくらいの大根役者だった。表情は隠せなかったと思う。それでも、ウソは言っていない。これが精一杯だ。また「充電」が欲しいとヨコシマな想いもあるが、マヤに迷惑はかけられない。今はまず、この紅天女を守ることで精一杯だろう。
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