ガラスの仮面SS【梅静004】 第1章 もとめあう魂 (2) 1983年秋

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

平良は小野寺のやり口に嫌気を覚えていた。もう利用されたくない。ちょっとした小遣いをもらって泥をかぶるのは勘弁だ。俺だってもうすぐ子供が生まれる。いつまでもこんなことをしていられない。それに今回もまた適当なウソをついている。シアターXくらい俺だって知ってるよ。再開発地区だよ、あそこは。そのなかで所有者に許可をとってあるだって?そんなわけないだろう?おまけにいわゆる謝礼も誤魔化すこともある。


要するに俺は使い捨てられるってことだ。本当に思い起こすと、ちょっと良い顔と親の見栄でオンディーヌに入ったのが運のつきだった。仕事ばかりの父親に、あてつけるように息子に入れ込んで。ますます父親はしらけて外に女を作っていた。でも皮肉なことにその彼女のほうがずっと俺に優しかった。


自分で言うのも気がひけるときもあったけれど、確かにこの顔の良さでTVドラマも2回くらいは出た。学園モノでは準主役。結局、その後は続かず、オンディーヌで姫川亜弓をたまにみかけるくらいだった。母親は全然あきらめることができなかった。狂気だ。面倒だったし、勉強も嫌いだったから、俺は学業よりも、芸能に力を入れるふりをした。おかげで高校もろくにいかないままだった。


小野寺は良く見ていた。母親の狂気を知っていて、うまくコントロールをして、俺に見込みがある振りをして引き延ばした。そして、うまいことを言って俺を取り込んだ。はじめは仕事だと思っていたけれど、そんなことは続かない。グレーなことばかりだった。誰かを失敗するように導いたり、施設を壊したり。挙句に今度は放火しろと言ってきている。いや、ずるいんだ。放火という言葉は出していない。


なぜ、こんな奴が、偉そうに、芸能の世界に居座るんだ?これだけずぶといから居座れるのか。まあ、どちらでもいい。今回俺は言うことを聞くふりはするが、あいつに目にもの見せてやる。


「今夜。夜中にやるから、先生も来てくださいよ。先生がその場に来て、その時に報酬くださいよ。その後、俺、きっちり仕事しますから。」
「おい、電話してくるなと言っているのに…。何の電話かと思ったら、そんな面倒なこと言うなよ。」
「いや、今回は譲りません。先生、一緒に来てください。そして、今回をもってもう他人にならせてください。そうでないと今までのこと、俺、全部話しちゃいそうですよ。」
「おいおい、落ち着けよ。長い付き合いなのだから。それに、今回のことがうまく行ったら、俺から赤目さんの事務所に話通してあげてもいいと思っているんだよ。お前は本当に素質あるんだから。そんなところでくすぶってる奴じゃないはずだろ。わかったから、わかった。時間は夜11時でいいか?いつものバーでいいだろ?」

一方的に小野寺が電話を切った。最後だ。これが最後。お金をもらって、もう二度と会わない。赤目さんの話も適当に言ってるだけだということもわかっている。あんな素敵な演技をする人に付くことができるなら俺の人生もまた変わってくるだろうとは思うけれど。


歌子はしつこいと思いながらも亜弓に言わずにいられなかった。

「やると決めて、私もここまでやってきた。あなたの意思に沿うように。そしてあなたも他の人ならできないことをやってきている。でもはっきり言うわ。痛みでわかるだろうけれど、あなたの手足、あざだらけよ。こんなの見たことがない。努力は認めるけれど、無様よ、あなたはもっと美しくなければならないのよ。ねえ、お願いだから、まず、目を治すことを考えない?」

亜弓は答えない。何も答えないどころか、鼻歌混じりで紅天女のステップを踏んで練習をしている。
「このステップで、羽衣をうまく使うともっと映えると思うけれど、ママはどう思う?」

「やっぱり無駄ね。わかっているけれどついつい、ね。わかったわ。素敵よ。あとはライトの位置でうまく布を使うことができればいいわね。」
「ライトは感じられる。ええ、大丈夫だわ。ありがとう。」
「今度合わせて見ましょう。さあ、今日はもうゆっくり休みなさい。本当に、わが娘ながらあきれるわ。」
本当に亜弓は命を賭けて紅天女に向かっている。もし、自分が亜弓と競っていたら、と想像すると到底勝ち目はないわ、と思いながら、あらためて、首をぶるぶると左右に振り、あと数日、無事に亜弓がすごしてくれるようにと歌子は目を閉じた。

マヤも早めに待ち合わせ場所に着いたけれども、先に聖が着いて待っていた。

「乗ってください。2時間くらいかかります。ゆっくりなさってください。」

「あのぅ、お世話になります。今日、ずっと外に出ていて、あまりおしゃれはしていませんが、恥ずかしいですが、どうしよぅかなぁと思いながらも…。2時間かかるなら結構遠いのかな。今日帰れるかしら?ああ、なにをぶつぶつ言ってるのかなぁ。」

「安心なさってください。今日も、とてもかわいいですよ。シートベルトはしてくださいね。眠かったら寝て頂いても大丈夫ですよ。ちゃんとおうちまでもお送りしますから。」

といつものとおり、やさしい声で話して、車を出した。すぐに首都高に乗り、懐かしい街並みも見えてきた。

「あ。横浜…。」

自分のお芝居への気持ちが大きく育った場所、横浜。もう母もいない。マヤは一人なのだと思いながらも、自分を支えてくれた紫のバラの人がいてここまでやってこれたのだとしみじみ思いを深めた。

「着きましたよ。マヤさん。お疲れさまです。」

シアターXで感じた潮の香りとはまた異なる潮の香りがする。とても静か。ここはどこなのかしら。もうすぐ紫のバラの人に会える。やっと会える。

聖さんに案内されるまま瀟洒な建物に入っていく。別荘?大きな別荘。中は吹き抜けになっていて、ゆったりとしたリビングにはシンプルなソファがある。そして、大きな窓には海が広がっていて、陽が徐々に陰り始めて、水面がキラキラ光っている。

促されてソファに座っていると、背後から「やっとですね」と声が聞こえてきた。そう、それは聴きなれたあの声。すぐに振り向いてお顔を見たいけれど、何故か、身体が固まってしまう。

「あなたのファンです。やっとあなたのファンとしてお目にかかれます。遠いところまでいらしてくれてありがとう。」

~~~

シアターXの場所矛盾についてはこちらを

【梅静】おことわり。あえてスルーする矛盾。【だって原作が飛ぶんだもん】

コメント

タイトルとURLをコピーしました