ガラスの仮面SS【梅静005】 第1章 もとめあう魂 (3) 1983年秋

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「がっかりしただろう?まさかと思っただろう?嫌じゃないか?」

真澄は所在なさそうに饒舌になる。

「いいえ…。あの、あの、紫のバラの人さん、いえ、速水さん。あの、今日、会ってくれて、あ、あ、ありがとうございます。あの、まず、紫のバラの人さんに、私が、先に」

「嫌じゃないのか?」

「いいえ、嫌とかそういうことは全く…。あ、あの、あの…」

「そうか…。ちょっと肌寒いかもしれないが、ベランダに出て話さないか?」

「は、ハイ」

と、ばねのようにすくっと立ち上がって歩くマヤ。お得意の手と足が同じ動きになっている。すると、真澄は、うしろからそっと背中に手を回し、触れるか触れないかの距離を保って、マヤをベランダへと促した。

風は冷たい。波音がほんのりと聞こえる。

「ずっと、マヤから目が離せなかった。ずっとだ。そして、クルーズは運命のいたずらだけれども、自分にとって自分の中にあるこの気持ちをはっきりと自覚する機会になった。」

マヤは真っ赤になった顔をあげて、真澄を見ながらうなずいた。

「たぶん、いや、きっと、マヤと私は、一つの魂だ。嫌われていたとしても一つだ。でも、ずっとその気持ちに蓋をして、紫のバラを送った。ファンなんかじゃない。わかっているよね。」

「…はい…。私じゃつりあわないとわかっていても、その想いを消すことはもうできません。ただクルーズの時の言葉をどうしたらよいのかと思っていることも正直な気持ちです。ただ、私は信じています。」

「そうか。俺がマヤの母親のカタキということを知ってもそう思っているのか?」

「…それは…。でも、紫のバラの人が今までしてきてくれたことと、そして、速水さん、あなたが心の奥底ではずっと温かく見守ってきてくれたこと。私、ずっとそれに包まれてここまでやってこれたと思います。もちろん、それだけじゃない。それもわかっています。だから、紫のバラの人が、今日、会ってくれて、それが速水さんだということがはっきりして、今、うれしくて涙がでそうなくらいです。」

「マヤ…」

「だから私も大人になりたいのです。生まれて育った環境も全然ちがうのに、ジグソーパズルのピースがはまっているこの感覚。これが、私の片思いじゃないって自信を持ちたい。自信を持てる大人になりたいの。」

わかったもういい、と小声で真澄は言って、マヤの腰に手をまわして身を寄せた。そして、お互いなにも言わずに、海を見ていた。静かな海だ。

「この海の先には色々な世界がある。静かな海だけじゃない。荒れる海もあるだろう。もちろん、色ももっと青かったり、黒かったり、色々だろう。俺は、その色々な海を、マヤと一緒に見ていきたいと思っている。同じ色に見えなくてもいいんだ。ただ、一緒に見て、時に意見が分かれてケンカになるかもしれない。でも一緒に見ていきたいんだ。」

「速水さん…。同じことを思っています。私の独りよがりだと思っていました。」

「うん、マヤ、ピースははまっているんだよ。ただ…。」

「はい。わかります。今は、わかります。言葉にすることがつらかったら言わないでも大丈夫。私、きっとわかっています。ちゃんとわかってます。」

「これ、マヤが生まれた年のものだよ。」

と言いながら、真澄がオープンした赤ワイン。いつの間にか聖がセッティングしていたオードブルをいただきながら、少しだけ飲んでみた。味は正直良くわからなかったけれど、この味はこれからもずっと一生忘れないでおこう。しばらくは、もう会えないと思うので、この瞬間のひとつひとつを覚えておけばどうにかのりきれるはずだから。

食事をしながら、笑い声もだしながら二人で話をした。もっぱらの話題は『忘れられた荒野』のことだった。あえて、紅天女に関しては話さない真澄の思いやりもマヤにとってはありがたかった。そして、絶望から紅天女へとまた這い上がるきっかけになった、ジェーンのこと、そして、そこで紫のバラの人を確信したことも話した。

「魂がひとつだから、立場がちがったり、憎々しい感情があったとしても、そして、離れて手をつなぐことがないと思っていたとしても、同じココロを共有できるんだな。」

と、いつになくやさしい顔で真澄が言った。

「どうだ?あえておちびちゃんと呼ぶぞ。しっかりやれそうか?」

「はい。紫速水のバラの人、私しっかりやります。」

「珍しくしゃれた応答ができるくらいだから、もう大丈夫だな。しばらくはこういう二人の時間は持てないと思う。見聞きするものも面白くないこともあるかもしれない。でも、しっかり紅天女をやれ。そして、しっかりと信じていてくれ。」

聖は先に車に乗って、温めていた。真澄は、明朝早く東京に戻るらしい。マヤにはちゃんと今日は帰りなさい、という。マヤも今ならまた自分の阿古夜に命を吹き込める気がするので帰って明日の稽古に備えたいと思った。

「ありがとうご」

マヤの言葉をさえぎって、真澄が、「充電」と言い、マヤを抱きしめた。そして、マヤの耳元で「やっとみつけて分かり合えたからね。もう離さないよ。」とささやいた。マヤはただうんうんとうなずいて、車に乗り込んだ。

帰りの車では聖も無言だった。首都高に入るところでようやく口を開いた。

「私は何があっても真澄さまにお仕えしますし、マヤさん、あなたにも仕えるつもりですから。プレッシャーではないですが、こうやって仕えている人々の、夢をも真澄さまもマヤさんも託されていることを忘れないでください。そして、その上で、お二人とも幸せになってください。ずっとそれをそばで見ていたいです。」

今日はいろいろなことがあったけれど、この言葉で初めて涙が出た。うん。きっと、私は大丈夫。舞台稽古も試演も大丈夫。私は出来る。

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