ガラスの仮面SS【梅静018】 第1章 もとめあう魂 (16) 1983年秋

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亜弓の手術は無事終了した。しかし手術時間は予想より長くかかった。医師は、歌子に対して、手術は完璧であること、ただ、症状は思っているより進んでいたので、予後はあまり芳しくないことを伝えた。

「そうですか。ありがとうございます。3年たって、ひどい様子でなければ、その後も見える状態と折り合っていけるということなのですね。それが3割の確率ですか。」

歌子が反復すると医師は、

「今できる最善はつくし、完璧であると言える出来栄えです。しばらくは強い光は避けて、経過を観察しながら、ひどくならないように治療を続けましょう。」

と亜弓の希望とは異なる方向性であろう話をした。歌子のそばにいたハミルは、日本語をはっきりと聞き取れないながらも、二人の会話の雰囲気から、手術は成功したものの、事態は楽観できるものではないと感じとっていた。

そして、二人で亜弓が休んでいる回復室に向かった。亜弓は、小さく、「うぅっ」と痛みを訴える声をだしたが、二人の雰囲気を感じとり、

「あら…。付き添ってくださっていたの?ママもハミルさんもお忙しいでしょうに、ありがとう。少し痛むけれど、今までの痛みよりもずっとラクだわ。きっと手術もうまくいったのではないかしら?」

と気丈にそして饒舌に語った。

「アユミ…。無理に話さないで…。少し、眠って。」

「ハミルさん、ありがとう。そうね。お二人にも少しリラックスしていただきたいから、わたくしもあと少しだけ休ませていただくわ。そのあとは、用意いただいているお部屋に移らせていただくわ。ママ、パパには内緒にできている?パパに知られると大事になりそうで困るわ。このひと月で絶対に元の光を取り戻してみせるから。そこではじめてパパに伝えるわ。」

「ええ。亜弓。亜弓の言うことを聞いていますよ。きっと今回の手術で良くなって、あとからパパには笑い話で言えるはずよ。先生も、手術は完璧だったと、今、お話しをしてきたところよ。ねぇ、ハミルさん。」

「ハイ。日本語はよくわかりませんでしたが、カンペキ、と。」

「そう。ありがとうございます。では少しだけ休ませていただくわ。」

亜弓はすぐに寝息をたてはじめた。

歌子は流ちょうな英語でハミルに礼を伝えた。

「ハミルさん、ありがとう。あなたが亜弓を支えてくれていることは感謝しかありません。」

ハミルは歌子が英語を話すことに驚きながら、英語で返答した。

「亜弓のそばにいられることは私にとってほかでもない喜び。亜弓にとって紅天女が特別なことは理解していますが、それがあっても、なくても、亜弓はもう私にとっての宝物であり美しい光です。だから亜弓に光を取り戻したい。強く願っています。」

「ありがとう、ハミルさん。」

「そして、これからも、許される限り、私は亜弓を見ていきたい。ずっと、そばにいたい。」

とハミルが歌子を見つめながら言った。歌子は、驚きもせず、ハミルに視線をしっかりとあわせた。そして、言葉は添えずに、二人は固く握手とハグをしあった。

ミーティングの後の夕食は海辺のステーキハウスに3人で行った。鈴木は身重の妻がいるので、仮住まいのホテルに戻るようにした。慣れない土地に一人きりにしておくのは好ましくないと、真澄が判断をした。

その日の水城はいつになくご機嫌だった。ワインを頼もうと言ったのも水城だった。そして、3人で、ワインを乾杯をした後、話を切り出したのも水城だった。

「こんな日が来るとは不思議ですわね。差し出がましいことを申しますが、これから、紅天女、沖縄Dスクール、ダイト・オーシャン・シアターとどんどん形作られていく。ゾクゾクします。マヤさん。知り合ってから今までいろいろあったけれど、よくここまで負けずに来てくれたと思いますわ。もちろん、これからもいろいろあるでしょうけれど。私はずっと見ていきたいわ。」

「珍しいね。水城くん。そんなことを話すのは。どうしたんだい?」

「フフフ。南国の解放感かしら?いえ、そうではなく、本当にここまでこれたことがうれしいのです。真澄さまにお仕えしてよかったと思っています。何もないところから、ひとつひとつ、そして、たんたんと積み上げていく。さすがですわ。ただ…。」

「ただ?」

はじめて、マヤが口をはさんだ。

「ええ。ただ、まだカタチは出来上がってはいません。そして、カタチが出来上がったものは必ずどこかで壊れます。また、カタチを変えるものもあります。永遠とは言い難い。でも作ったヒトが存在していれば、また、異なる形でも生まれ変わらせることができる。そして生きながらえていく。」

「ますます珍しいな。水城くんがそんなことを話すなんて。続けてくれ。」

「はい。要は、信じてあきらめないこと。必ずカタチにするまではあきらめない。そうなのかなぁと思うのです。それがわからないままだと、人はさまよってしまう。求めあっているものですらわからないままさまよう。永遠に巡り合えなくなることもある。もったいない。あら、話すぎましたね。わたくしも。失礼いたしました。とにかく。わたくしの秘書人生に賭けても、今日この沖縄にまつわるものは必ずカタチにいたします。それがどういうふうに育っていくか、崩れていくか。しかと見届けたいです。もちろん、マヤさんの紅天女がどうなっていくのかも。」

マヤは正直言うと、水城の話していることが何を具体的に指しているか、つかみ切れなかった。けれど、今、目の前にいる二人は、間違いなく、自分の人生に、今後も色を付けていく人達なのだろうと感じた。それはわかっていた。期待に応えたい。この人たちは私が私らしくある場所に連れて行ってくれる。私が動ける限り。

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