ガラスの仮面SS【梅静050】 第3章 確かな息吹 (7) 1984年春

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

会見終了後 新橋のバー・スプリーム

※会員制バー・スプリームについてはこちらのお話ででてきました。

明日は午前中にスタジオに集合だから、今日はあまり遅くはなれないけれど、ちょっと一杯飲みたい気分もあり、またあのマスターの顔も見たい気がしたので、桜小路は新橋のバー「スプリーム」に行ってみた。会員制とあるけれど、まあ、いいか、と思ってドアをあけると、マスターが「あらぁ~、ハンサムさん、いらっしゃ~い。そろそろかな~って思ってたのよぉ。決まったんでしょう。おめでとうぅ~。」と何もかも見透かしたように桜小路を迎えた。

「こんにちは。ありがとうございます。会員じゃないけれど、いいですか?」

と遠慮がちに桜小路が言うと

「ハンサムさんならいつでも歓迎よ。さ。ここおかけなさい。」

とカウンターに招いた。

先客はなし。なにも言わないのに、マスターは前回と同じものを作って出した。

「さ。まず。紅天女。北島さんに決まったお祝いしましょう。ハンサムさんが一真でしょう。あなたのこれからの役者人生、楽しみねぇ。さ。カンパイしましょう。これは私からのささやかなお祝いよ。」

と、グラスを重ね、くいっと一口飲んだ。

「なによ、ハンサムさん。今日は、前よりずい分悩みが減ってるみたいじゃない。いいことあったの?あ、決まったというのはいいことよね。十分。」

「はい。まあ、あれから…。思い切り、振られちゃいました。でも人間として、いや、役者としてかなぁ、そこは認めてもらえたみたいで。悲しいけれど、うれしいような…。」

「あら、ケリつけてきたの?お相手さんが。ふーん、やるわねぇ。」

「はい。もっと守ってあげるはずだったのに、僕もそうしてきたつもりだったけれど…。ちがっていたんですよね。むしろ、僕が気を遣ってもらっていて。あー、うじうじしていられない、がんばらないと、って。僕ががんばらないと、負けちゃうなと思ったんです。」

「その子もやるわねぇ。いい子に出逢えたじゃないの。」

「はい。そう思いました。こんなこと言ったら変ですけれど、まあ、近くにいる子で僕を好きでいてくれる子もいて、なんとなく付き合ったみたいにはなったのですけれど、なんか自分の中で、もやもや残っていて…。その理由もわかったような気がして。その子にもはっきりしてあげないと悪いかなあと思ったりもして。」

「ふぅん。でも難しいわね。ハンサムさん、だって、あなた、今日からさらに有名役者さんになるわけでしょう。ならば、そこでお相手さんに厳しく言うと、誤解されるわよぉ。有名になるから、捨てるのね、って。女ってコワいのよぉ。」

「ああ。なるほど。そんなこと考えたこともなかったなぁ。」

「人生いろいろ、よ。ねぇ、ハンサムさん。明日早いからって気にしてるのでしょう?でも、今日は、きっと面白いメンツが集まるから、そうね、あと2時間くらいはここにいなさいよ。大丈夫でしょう?」

「は?なんでわかるんですか?それに誰か来るのですか?」

「顔に書いてあるわよ。わかるわよ。それに守護霊さまよ。ふふふ。明日朝、遅刻できない、って。あなた、演じていない時はすぐに顔にでるのね。ふふふ。あなた、これから女が寄ってくる立場になるんだからそこも少し意識しなさいね。あ、それでね、間違いなく龍三さんは来るわよ。あの人の今日の気分だと、きっと、今は、駅のあたりの立ち飲みで一杯ひっかけてる。それで、飲み足りなくて、ここ来るわよ。あと30分もしないうちに来るわよ。きっと。待っててごらんなさい。そして、たぶん、もう一人…。」

「なんか、すごいな、見透かされているみたいで、こわいな。」

「こわがらなくていいじゃない。なにか気取るからコワイのよ。ありのままでいればいいのよ。そうね、龍三さんきてから、たぶん、もう一人来て…。ハンサムさん、これ、入れないであと3杯飲むと思うから、そうね、あなた今日は3,000円、自分で払いなさい。それくらいは大丈夫でしょう?ふふふ。」

「あ、はい、もちろんです。ゆっくりと飲めば、明日にも影響ないから。お金はもちろん払います。前は黒沼さんにごちそうしてもらったから。今日は自分で。」

「そうね。あなたこれから役者としても稼ぐのだから、今日も遠慮なくいただくわ。」

「稼いでもいかなければならないし、なにより、作品を作っていかないといけない。」

「ねぇ、ハンサムさん、あなた、今、どうやって生活しているの?仕事は?」

「実家暮らしで、一浪で今大学4年です。もうすぐ卒業。そのあと、就職はしないつもりで、就活していません。今、バイトをたまにしています。親戚が、レストランをやっているので、そこで。」

「あらぁ。なに、作る方?フロアの方?」

「イタリアンです。麻布十番の。そこで、時間帯によって。下ごしらえを手伝う時と、フロアに出る時と。」

「そうなのねぇ。でも今回の決定で、実家なら暮らしていける分くらいのギャラになっていきそうね。」

「うーん。そうなればいいんだけれどなぁ。」

と桜小路が言ったところで、ドアが開いた。

「あら、こっちが先に来た。はずれたわ。でもいいわ、来たから。ねぇ、あんた、かぎまわったでしょう?ふふふ。すぐにこっちの耳にははいるのよ。やっぱり今日、来たわね。ご無沙汰過ぎよ。水くさい。さあ、入って。ほんと久しぶりね。ここに座りなさいよ。」

とひときわ大きな声でマスターが言った。

「おぅ。ほんとご無沙汰だったね。ごめん、ごめん。」

と言って赤目慶が桜小路の隣に座った。

「あ、赤目さん!」

と言い、桜小路は立ち上がろうとした。すぐにマスターが制し、

「いいのよ。すわったままでいなさいよ。けいちゃんは、前と同じ、シーバスのロックにする?それとも、まずは違うのにしておく?」

「うん。彼と同じもので」

と言い終わる前に、またドアが開き、

「ビールにするわー」

と言いながら黒沼が入ってきた。

中に桜小路と赤目がいるのを見て、

「ふん、なんだ、お前ら、雁首揃えて。ははは。おかしいぞ。ははは。」

と笑った。すでに少し飲んでいるようで黒沼はご機嫌だった。

「ほらね。揃ったでしょ。笑っちゃうわ。この人たちのことなんか、すぐわかっちゃうわよ。」

と桜小路に小さな声でいい、マスターは軽くウィンクをした。

黒沼が赤目の横に座り、ドリンクが揃うと、黒沼がめずらしく自分から言った。

「おう、赤目、お前もお疲れさまだったな。じゃあ、今日、決定で一区切りの乾杯をするか。とりあえず一区切りだ。」

と言い、4人で乾杯をした。マスターはすぐに

「今日は、ちょっと看板下げておくわ。」

とドアに向かっていき、店内貸し切り状態になった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました