ガラスの仮面SS【梅静017】 第1章 もとめあう魂 (15) 1983年秋

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沖縄Dスクールは賑やかな通りにあった。まだ看板は掲げておらず、だだっ広いレッスンフロアと、事務室、会議室がツーフロアにわたって整備されていた。夕方にマヤと真澄がそこに着くとすでに水城と一人の男がおどおどとして待っていた。

「腹は決まっているんだろうね。最終確認だよ。」

と真澄がいつもよりも強い語気で、あいさつもそこそこにその男に向かって呼びかけた。

「はい。よろしくお願いします。もう後戻りはしません。人生を社長に預けて、尽くすつもりです。きっかけをいただいたこと、感謝しかありません。」

と深々と平良はお辞儀をしながら答えた。すると水城が、

「社長、あえて、ありきたりの名前が良いと思うので、下の名前はそのまま裕さん、姓は、今後は鈴木さんと呼びたいと思いますが、それでよいでしょうか?鈴木裕さんね。」

と真澄に向かって言った。

「うん。では、鈴木くん。こちら、顔は知ってるかな?北島マヤさんだよ。今、話題の紅天女の候補者の一人だ。姫川亜弓さんのライバルだ。ここでひと月過ごす。しかし、余計な詮索はいけない。ここで過ごす時は真剣に向かい合うが、ここを一歩出たら、もう関係ない振りをしなければいけないよ。お互いに。そして、彼女がここにいることは、今ここに通うことになるスクール生以外には知られてはならない。水城くんからも聴いているだろうけれど。」

と、真澄は、マヤと平良の両方の顔を見ながら、平良に念を押した。平良は鈴木と呼ばれても違和感なく大きくうなずいていた。真澄は、マヤに向かい、

「北島さんは、水城くんから説明を聞いて、ここでの過ごし方、ルールを守ってやってくれ。君だからこその阿古夜を完成させることが一番であることは確かだが、この鈴木くんが今後このスクールを運営していくことに役立ってあげてくれ。」

と言った。マヤはぴんとこなかったが、鈴木と呼ばれる男の面影になにか遠い記憶が呼び起されたような気がした。

「そうよ。マヤさん。鈴木さんは、以前、ドラマに出たことがあるの。学園もの。『消しゴム・ボーイ』というドラマでは主役の親友を演じた方よ。」

「あっ!あ、あの。たい」

とマヤが思わず名前を呼びそうになると、すかさず、水城が手をマヤの口の前に出して止めるしぐさをした。

「鈴木さんよ。今日からは鈴木さん。鈴木さんもここのスクールに賭けていますからね。マヤさんが紅天女に賭けていることと同じように。」

鈴木は、マヤに向かって会釈しながら、

「鈴木です。ひと月よろしくお願いします。」

と挨拶をした。水城も続けた。

「そうよ、この世界では、鈴木さんは、マヤさんよりも先輩になるわ。ご縁があって、またこの世界でがんばるとのことですわ。一緒にお互い切磋琢磨して、大都のためにもよろしくお願いいたしますね。」

マヤはいまだ状況がはっきりつかめないままであったが、余計なことは言わず、もじもじと会釈だけをした。

「立ち話もなんですからね、少し、3人でミーティングしましょう。社長はアポがあと15分ですからもう行かれたほうがよいかと思いますわ。」

「ああ。観光協会の方だったよね。わかった。観光プロモーションの話だね。行ってくる。今回沖縄訪問の表向きの理由だからね。水城くん、あとはよろしく頼む。」

会議室に場所を移し、水城は颯爽と切り出した。

「マヤさん。先日、真澄さまからあった説明とは少し変わります。それは、マヤさんと亜弓さんがそれぞれこのひと月、誰にも見つからないようにするために万全を期すため。決して、この計画があやふやなものだということではありませんからね。」

マヤのまなざしが真剣なものになる。そしてゆっくりとうなずく。

「こちらでの生活。ひと月。午前中はダンスと歌のレッスン、英会話。それをやってもらいます。そして、午後は、鈴木さんと紅天女の読み合わせ。鈴木さんを一真に育ててください。教えるのではなくて、鈴木さんを目覚めさせるの。そして、夕方からは、レッスン生が来るから、その子たちの世話とダンスレッスンを一緒にする。びっちり休む暇はないわ。青木さんが来たら、週に一度くらいは青木さんと一緒にこちらの自然に触れて感じる。歴史も学んだらいいわ。」

「ダンスと歌?英会話?レッスン生のお世話?お芝居の稽古はとくにないということですか…?その読み合わせだけ…?」

「そうよ。でもすべてがあなたの阿古夜になっていくはずだから。すぐにわかって頂けるわ。そして、ルールがあるの。よろしいかしら?それは、鈴木さんも一緒よ。」

マヤも鈴木(平良)もうなずく。

「まず、マヤさんがこちらにいらっしゃる間は、マヤさんが紅天女候補の北島マヤであるということは隠して過ごしていただくわ。そうね、ダンスや歌のインストラクターには、開校前のモニター生ということにしておきます。ちょっとだけメイクして髪型をまとめておけば、だれも気付かないでしょう。それは毎日きちんとやってくださいね。ああ、もちろん、日焼けには注意してね。英会話の先生はこちらにいる外国の方に頼んでいるので大丈夫。スクール生も気づかないように。マヤさんにも、名前はなにかまた平凡なものをつけましょう。」

水城は続ける。

「鈴木さんは、今後こちらのスクールをまとめていっていただきますから、そのためには、まず演劇マインドを思い出すことが一番。それには、マヤさんと正面から向き合って彼女の想いを受けとめてあなたの眠っているお芝居への想いをしっかり生き返らせてください。一真は難しいわ。でも鈴木さんも必死になって、マヤさんの阿古夜を輝かせる一真になってください。インストラクター、ダンスと歌、それぞれ一人ずつは決めているけれど、彼らには鈴木さんがスクールの校長であることを伝えます。彼らにバカにされないようにね。真剣勝負よ。そして、落ち着いたら、演技の指導は鈴木さんの役割になるわ。校長兼演技指導ね。よろしいかしら?そして、ここでの出来事は、お家に帰っても一切奥様にも話したらだめよ。このひと月は。そこもしっかり自分に厳しくあってくださいね。」

と鈴木に言い渡し、ホワイトボードの前に行き、マヤに向かって言った。

「さあ、どうしましょう?名前。何て呼ばれたい?」

「うーん、では、佐藤ひろみ、佐藤ひろみにします。」

水城は「佐藤ひろみ」とホワイトボードに大きく書いた。

「通り雨のひろみさんね。ひろみさんと同じくらい一生懸命にぶつかるひと月になさって。でも目の前に広がる光景は、通り雨じゃないわ。それはマヤさん自身が受けとめて、あなたのモノにしていってくださいね。」

「では、鈴木さんと、佐藤ひろみさん。これからのひと月。あなた方自身のため、そして、沖縄Dスクールのために、よろしくお願いします。私は、明後日、青木さんが来たら、入れ替わり、東京に戻ります。それまであと一日半。一緒に行動することになります。真澄さまや私が今、頭の中に描いている成功。それを現実化していきましょう。さあ、そろそろ、おなかもすくころかしら、一緒に食事に行きましょうか。社長も戻っていらっしゃるころでしょう。」

水城と真澄が描いている成功。マヤは描けてはいないが、この通りにしていけばまた何か変わるだろうという想いがあるので不思議と不安はなかった。

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